残月 みをつくし料理帖


残月 みをつくし料理帖
残月 みをつくし料理帖
(ざんげつ みをつくしりょうりちょう)
高田郁
(たかだかおる)
[市井]
★★★★☆☆

『この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版』(宝島社刊)で1位に選ばれた、「みをつくし料理帖」。そのシリーズ第八巻『残月』が発売になった。

 久々の陽光が、俎橋を渡るひとびとの頭上に降り注ぐ。長い間、雨を受け止め続けていた橋の踏板や欄干も乾いて、その本来の色を取り戻しつつある。延々と続いた梅雨も、漸く明けたようだ。足もとから立ちのぼる生乾きの木の匂いを、澪は胸一杯に吸い込んだ。嗅覚が戻って以降、どんな香りも愛おしい。
(『残月 みをつくし料理帖』P.10より)


ながらくお待たせだった「みをつくし料理帖」の再開を告げるような明るい色彩に満ちたオープニングの描写。七巻で悲しみに暮れたつる家は、立ち直ることができるのか。

 お澪坊と種市は澪の名を呼び、頼みがあるんだが、と続けた。
「来月は又さんの初盆だ。亡くなって初めて現世に戻ってくる、てぇ大事な初盆さね。又さんに相応しい膳を作っちゃあもらえまいか。それを供養にしたいのさ」
(『残月 みをつくし料理帖』P.42より)


「みをつくし料理帖」シリーズの読みどころの一つは、澪が生み出す創作料理。江戸の四季の旬の素材と、関西の味を融合させて作られることが多い。新作料理を作らなければならない動機がしっかりと描かれているので、読み手の胸にすとんと落ちるのかもしれない。

高価な食材や奇をてらった食材を用いていないのも好感がもてるところで、澪が作ったものを食べてみたい、同じように作ってみたいと思う。ファンが多いのもうなずけるところ。

「そのひとを大事に胸に留めて、毎日を丁寧に生きようじゃねぇか。身の回りの小さな幸せを積み上げて、なるたけ笑って暮らそうぜ。そういう姿を見て初めて、亡くなったひとは心から安堵できるんじゃねえのか。又さんに心配をかけない、ってのが、ふき坊に出来る一番の又さん孝行だと、俺ぁ思うがなぁ」
(『残月 みをつくし料理帖』P.74より)


ふだんはお調子者のつる家の店主・種市も、愛娘のおつるを悲惨な形で喪った苦労人らしく大事なことを言う。

「彼岸まで」の話では、絵師辰政こと、葛飾北斎が登場するのも見逃せないところ。曲亭馬琴がモデルの清右衛門との掛け合いも楽しい。

「神狐さん、どうか野江ちゃんを……野江ちゃんのことをお守りください」
 摂津屋から無事は聞いたが、又次亡き今、その消息をもたらすひとは居ない。
 幼い日に洪水に遭い、騙されて廓へ売られ、今度は大火に呑まれた。旭日昇天と呼ばれた野江なのに、何故、ここまでの仕打ちを受けねばならないのか。神仏に恨みの気持ちを抱きそうになって、澪は頭を払う。また来ますね、と神狐に約束すると、澪は膝を伸ばした。
(『残月 みをつくし料理帖』P.155より)


 細長い紙面には、上段に「吉」の文字。下段に、こう記されていた。
〈凍てる道を標なく行くが如し
 ただ寒中の麦を思へ〉
(『残月 みをつくし料理帖』P.171より)


神籤の言葉の意味はやがて明らかになっていく、見事な物語構成である。雲外蒼天を胸に、料理に生きる澪の今後がますます気になっていく。

主な登場人物
澪:「つる家」の若き女料理人
芳:もとは「天満一兆庵」の女将。今は澪とともに暮らす
佐兵衛:芳の行方不明になった息子
種市:「つる家」店主
ふき:「つる家」の下足番
りう:「つる家」を手伝う老婆
孝介:りうの息子で、口入屋の主
健坊:ふきの弟で、「登龍楼」に奉公中
おりょう:澪と芳のご近所さんで、「つる家」を手伝う
伊佐三:おりょうの亭主で、大工
太一:おりょうの一人息子
小野寺数馬:御膳奉行
早帆:数馬の姉
永田源斉:御典医永田陶斉の次男で、町医者
美緒:日本橋瀬戸物町の伊勢屋の娘
摂津屋助五郎:御用商人で札差
翁屋伝右衛門:吉原の楼主
又次:吉原「翁屋」の料理番
あさひ太夫:「翁屋」の花魁
野江:澪の幼なじみ。
坂村堂:版元
清右衛門:戯作者。曲亭馬琴をモデルにしている
辰政:絵師
柳吾:料理屋「一柳」の主人で、坂村堂の実父
藤代屋:内藤新宿の呉服商
しのぶ:元「翁屋」の新造菊乃で、藤代屋の女房
大坂屋:日本橋伊勢町の乾物商
捨吉:釣り忍売り
采女宗馬:日本橋登龍楼店主
房八:日本橋佐内町の旅籠『よし房』の店主
相模屋紋次郎:白味醂商いの男

物語●
「残月」吉原の大火で、料理人の又次を亡くして意気消沈のつる家の面々。同じ頃、江戸では疫痢に罹患する者が続出して、幼い子供が落命していた。そんな折、つる屋に火事のとき、又次に命を助けられた御用商人の摂津屋がやってきた…。
「彼岸まで」つる家に、内藤新宿の呉服店藤代屋の主人と内儀のしのぶが客として訪れた。藤代屋から、芳の息子で天満一兆庵の若旦那らしい釣り忍売りの話を聞くが…。
「みくじは吉」登龍楼店主の采女宗馬から呼ばれた澪は、吉原の新店の板長として迎えたいという申し出を受ける。銭で話をつけようとする心ばえのさもしさに、澪は怒って、つる家から引き抜くなら、値は四千両と啖呵を切ってしまう…。
「寒中の麦」澪は、坂村堂からの頼みで、坂村堂の父柳吾の竹馬の友の日本橋佐内町の旅籠の主・房八の婚儀の宴での料理の仕出しを引き受けることに…。

目次■残月 かのひとの面影膳|彼岸まで 慰め海苔巻|みくじは吉 麗し鼈甲珠|寒中の麦 心ゆるす葛湯|巻末付録 澪の料理帖/特別付録 みをつくし瓦版/特別収録 秋麗の客

装画:卯月みゆき
装幀:西村真紀子(albireo)
時代:文化十三年
場所:俎板橋、金沢町、上野宗源寺、天龍橋、三河町、化け物稲荷、神田須田町、今戸、日本橋佐内町、ほか
(角川春樹事務所・時代小説文庫(ハルキ文庫)・619円・2013/06/18第1刷・314P)
入手日:2013/06/21
読破日:2013/06/22

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