手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩


手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩
手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩
(てのひらひらひら えどよしわらなないろもよう)
志川節子
(しがわせつこ)
[市井]
★★★★☆☆

作者の志川さんは、平成15年に「七転び」で第83回オール讀物新人賞を受賞し、本作品が文庫化された最初の作品。江戸吉原を舞台に、磨かれていく妓(おんな)たちと彼女らを裏から支える男衆が織りなす連作形式の時代小説。「上ゲ屋(あげや)」「保チ屋(もちや)」「目付(めつけ)」など、廓に独自の裏の稼業が出てきて、物語の世界に引き込まれていく。

 辰蔵は仲之町を冷やかして歩く遊客からすればただの細見売りだが、廓の者たちからは「保(も)チ屋(や)辰蔵」と呼ばれている。初心な娘に閨房のいろはを仕込むのが上ゲ屋なら、年季を積んだ妓に活を入れ、心身の張りを保つための策を授けるのが保チ屋なのだ。

(『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』「うつろひ蔓」P.67より)


 遊女に仕立てるのが上ゲ屋、年季半ばで磨き直すのが保チ屋なら、合間にあって妓の心を見張り、間夫の芽を絶つのが目付なのであった。

(『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』「手のひら、ひらひら」P.119より)


 大判の錦絵が、信助の前に差し出された。
「白糸花魁だよ。郷の五箇山じゃ繭が取れるというから、あたしが名付けたんだ。突き出すとあれよというまに売れっ妓になって、絵描きの先生が描かせてくれと通ってきてさ」
「これは……」
 信助は目を瞠った。売薬さんからもらった摺物と、同じ図柄ではないか。
「青楼十二時 夜亥ノ刻」という画題で、花魁の脇に「玉屋内 しら糸」と記されている。景物用に富山の版元が仕立て直したと売薬さんは云っていたが、細かい但し書きは省いたとみえる。
 
(『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』「白糸の郷」P.240より)


「青楼」という画題なのでこの絵師は歌麿だと思っていたが、調べてみたら菊川英山という江戸時代後期の浮世絵師で、菊川派の祖だった。

→「青楼十二時 夜 亥の刻」(「新吉原図鑑」より)
→Wikipedia 菊川英山

「いいかい、小雛ちゃん。所詮、わっちらは浮寝鳥(うきねどり)。どんなに惚れた相手でも、一つところに巣ごもりすることはかなわない。たったひとりで、水面を漂うよりないんだよ」
 染里が云うのへ、小雛はじっとうなだれている。

(『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』「浮寝鳥」P.350より)


タイトルの浮寝鳥は冬の季語。毎年越冬のため、日本に渡ってきて川や湖沼で一冬を過ごす水鳥の群れ。鴨・雁・鴛鴦・白鳥などが、水面に浮かんでいるさまをいうそうだ。

連作形式の七編の短編がそれぞれ独立した話として完結しながらも、登場人物の一部が重なり、読み終えてみると、それぞれのピースが適所にはまり、一編の長編小説のように読後感が味わえる面白い趣向の作品になっている。

色町吉原を舞台に男女の駆け引きを描きながらも、露骨な性描写がなく、嫌らしい(エロチックな)部分がほとんどないので、女性の方でも安心して読める。色町で繰り広げられる人間模様をこんなふうに良質の市井小説として描写できる、著者に今後も注目していきたい。。

主な登場人物
「しづめる花」
紀六:瓦版売り
お久:紀六の女房
おみよ:紀六とお久の娘
治右衛門:妓楼「玉来屋」の主人
吉次:上ゲ屋(ひとかたの遊女に仕立て上げる裏の稼業)
弥平:細見売所の店番
若草:「玉来屋」の花魁
染里:「玉来屋」の遊女
お紺:女郎になるべく「玉来屋」に売られてきた娘

「うつろひ蔓」
辰蔵:保チ屋(年季を積んだ遊女を磨けあげる)
お蓮:辰蔵の女房で、元花魁
豆吉:揚屋町の小見世の妓夫
佐次:「笹の茶屋」の投扇興の行事役

「手のひら、ひらひら」
豆吉:揚屋町の小見世「土浦屋」の妓夫
利右衛門:「土浦屋」の楼主
まち:利右衛門の娘
綾鶴:「土浦屋」の妓
容助:浅草御蔵前の糸問屋深津屋の手代

「穴惑い」
お露:文使い
お咲:お露の娘
徳兵衛:京町二丁目の妓楼「小松屋」のあるじ
おかつ:徳兵衛の女房
芳太郎:お露の幼なじみ
仙太:芳太郎の息子
音松:仲之町芸者

「白糸の郷」
信左衛門:染物商「長澤屋」の主人、元の名は信助
幸太:信左衛門の子
おはる:幸太の妹
おふじ:信助の母で機織り
おゆき:おふじの娘で、信助の姉
富山の薬売り
勘右衛門:絹問屋「池田屋」のあるじ
宮腰屋の手代
音松:芸者
妓楼「玉屋」の内儀
白糸:「玉屋」の花魁

「掴みの桜」
いよ:十七歳
十違いのいよの弟
庄平:いよの兄
いよの父:箕輪村の植木屋
四郎兵衛:吉原会所元締
松右衛門:箕輪村の植木屋仲間元締
太吉:庄平の友人
太兵衛:太吉の父で植木屋
染里:「玉来屋」の花魁

「浮寝鳥」
伊之助:紅白粉屋の手代
染里::「玉来屋」の花魁
小雛::「玉来屋」の花魁
たま:煮抜きの玉子売りの少女
清太郎:日本橋横山町の薬種店「桐野屋」の惣領息子
紀六:上ゲ屋
およし:紀六の姉
おみよ:紀六の娘

物語●
「しづめる花」紀六は、三年前まで瓦版の読売りで生計を得ていたが、今は細見売りのほかに、「上ゲ屋」というもう一つの顔を持っている。「上ゲ屋」とは、吉原にうられてきた娘に男を教え、ひとかたの遊女に仕立て上げる、裏の稼業である。ある日、妓楼「玉来屋」の主人の治右衛門に依頼されて、染里という十六の娘を仕込むことに…。

「うつろひ蔓」お蓮は、四年ほど前までは琴浦花魁の名で通っていたが、十年の年季を勤め上げ、「保チ屋」の辰蔵の女房に納まっている。「保チ屋」とは、年季を積んだ妓に活を入れ、心身の張りを保つ策を授ける廓の裏通りを渡り歩く稼業。年季明けまでたどりついたものの、子どもの産めない体になり、残ったのは殻だけという思いのある、お蓮は、夫婦になって四年になるが、いまだに辰蔵がなにゆえ自分を娶ってくれたのか訊けずにいた…。

「手のひら、ひらひら」「土浦屋」の妓夫・豆吉は、手を揉みツボを刺激することで、妓の身体と心のこわばりを和らげる特技を持っていた。そして両の貝殻骨(肩甲骨)の間を診ることで、妓の胸のざわめき、恋心の兆しを感じ取ることができた。豆吉は、その術を使って、妓の心を見張り、間夫(妓が引きずられる客)の芽を絶つ目付の役目を負っていた…。

「穴惑い」元遊女のお露は、かつての抱え主で妓楼「小松屋」の主人の徳兵衛とわりない仲になり、子どもを身籠った。二人の間に生まれた娘お咲は八歳になり、「小松屋」に引き取られることになった…。

「白糸の郷」糸の仲買の商いをする信助は、機織りの母おふじと越中国砺波郡城端で二人暮らし。病の床についた母から、父に再嫁する前に生まれた姉がいて七つのときに吉原の料亭に奉公していると告げられる。絹の取引で江戸に出ることになった信助は、吉原で姉を探すことに…。

「掴みの桜」箕輪村の植木屋の娘いよは、七つのときの事故がもとで眼が見えなくなっていた。眼は見えないが、樹肌に手をあてて指を這わしたり、幹に耳を押し当ててみたり,樹と正面から向き合うことができ、野に立つことで天の気の流れを推量できた。五年ぶりに箕輪村の植木商たちが、吉原仲之町の桜並木を請け負うことになった…。

「浮寝鳥」紅白粉屋の手代、伊之助が妓楼「玉来屋」で十五人ばかりの遊女たちを相手に商っている紅白粉を使って化粧の仕方を手ほどきしていた。遊女の小雛は伊之助に惚れていた。もう一人の遊女の染里は、肌を白くする術、染みを薄くする術、光沢を出す術、ありとあらゆる手立てを尽くして、心の底から茹で玉子のようになりたいと思っていた…。

目次■しづめる花|うつろひ蔓|手のひら、ひらひら|穴惑い|白糸の郷|掴みの桜|浮寝鳥|解説 三田完

装画:Minoru
装丁:大久保明子
解説:三田完
時代:16年以上前が文化9年(1812)頃(「青楼十二時 夜亥ノ刻」が描かれた)
場所:新鳥越、橋場町、吉原京町二丁目、揚屋町、浅草奥山、新寺町、仲之町、角町、材木町、越中国砺波郡城端、浅草平右衛門町、江戸町一丁目、箕輪村、ほか
(文藝春秋・文春文庫・657円・2012/10/10・第1刷・363P)
入手日:2012/10/25
読破日:2012/12/23

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