かおばな憑依帖


かおばな憑依帖
かおばな憑依帖
(かおばなひょういちょう)
三國青葉
(みくにあおば)
[伝奇]
★★★★☆☆

第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作品「朝の容花」を加筆し改題したもの。

著者の三國さんは、個人でのホームページ作りが始まった頃、いち早く時代劇ファンサイトの「史里推参!」を開設されたHPつながりの仲間でもある。

 つい今しがたまで龍助の命を掌中にしていた男は、地面に倒れて物体と化している。口からは血泡を吐き、驚きの表情を貼りつかせている。左肩から右脇腹まで袈裟懸けに斬られ、一刀のもとに即死したのだ。
 傷口から飛び出した臓腑が、大きな芋虫のようにざりざりと動く。おびただしい血が流れ、土を赤く染めていた。

(『かおばな憑依帖』P.14より)


物語の始まりで起こった事件。「芋虫のようにざりざりと動く」の描写で、たちまち、この作品の虜になってしまった。描かれている時代は八代将軍吉宗のころ。傑作伝奇時代小説の誕生を予感させる。

「右京殿。姉上があのような状態になった以上、京に行かねばならぬ理由は、もうございません」
 驚いて右京は、意次の顔を見た。思いつめた表情をしている。
「何を申す。美也殿は死なぬ。そなたがあきらめてどうする」
 黙って意次がかぶりを振った。右京は溜息をつき、声を低める。
「毒を撒いたのは、尾張の忍びの仕業だと思う。公方様のご政道を、脅かそうという魂胆だろう。養生所は、庶民のために公方様の肝いりで作った、いわば目玉だからな。……俺は京に参る。勘違いするなよ。公方様のためではない。美也殿の仇討ちだ」

(『かおばな憑依帖』P.103より)


意次の姉・美也が働く、小石川養生所に毒が撒かれて多くの人が亡くなり、美也もこん睡状態に陥る。美也を恋い慕う右京は仇を討つために京へ向かうことに。美男の剣士が口にすると絵になるなあ。

尾張徳川家が仕掛けた朝顔の毒によるバイオテロに対して、江戸の町を守るために立ち向かったのは、美貌のマザコン剣士桜井右京、その母親で生き霊を駆使できる茅野、怨霊となった吉宗の生母浄円院、隠密、そして象(当時浜御殿で飼育されていた)。キャラクターがはっきりしていて、なんとも痛快な設定。

 亀島二丁目と北島町との間には、亀島川の入堀があって、堀が鍵の手に屈折する所に、石橋が架かっている。与力・多賀仁蔵が門前に、自分普請で架けたもので、『仁蔵橋』と呼ばれていたが、多賀家が潰れた後、与力の共有となり、『地蔵橋』と改称された。

(『かおばな憑依帖』P.44より)


多くの時代小説を読んできたが、八丁堀にある地蔵橋について、このように丁寧に解説が加えられた作品を読んだのは初めて。知的好奇心が満たされた。この描写の後、南町奉行所与力で、歌人・歌学者としての顔を持つ、加藤枝直が登場する。前から気になっていた江戸の文化人の一人なので興味深かった。

“京立ち石部泊まり”と言われる石部の旅籠を早朝に出立し、水口名物の泥鰌汁で腹を満たした二人は、さらに土山の宿を目指して歩いた。
 女たちがユウガオの瓠瓢(果実)を、せっせと剥いては干している。干瓢を作っているのだ。二本の棒の間に渡された縄に、白く細長い干瓢が揺れていた。なかなか珍しく、面白い眺めであった。
 
(『かおばな憑依帖』P.141より)


まさに、広重の『東海道五十三次・水口』の絵を想起させる描写である。著者の江戸への造詣の深さが伝わってきて、グッとくる。

→ウィキペディア 水口宿

日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作家らしい、破天荒なストーリーで登場人物たちが魅力的な時代小説を紡ぐ作家の誕生である。早く次回作が読みたい。

主な登場人物
田沼意行:三百石の旗本、御小姓
田沼龍助:意行の嫡男で、後の意次。十三歳
田沼美也:龍助の姉
柾木信吾:田沼家家臣
桜井右京:凄腕の美剣士。剣術道場の道場主
茅野:右京の母
大友一馬:南町奉行所定町廻り同心
加藤枝直:通称又左衛門。南町奉行所与力で、堂上派の歌学を学んだ歌人
青木文蔵:伊藤東涯門下の儒学者。青木昆陽の名で知られる
長沢八重:養生所で働く侍女
銀次:宝寿丸の船頭
藤七:廻船問屋・満海屋の主
宗太郎:京鐘屋の主
宗右衛門:京鐘屋の先代当主
滝:宗右衛門の妻
信受院:尾張徳川家二代藩主吉通の娘で、二条家に嫁いだ千姫
円覚院:信受院の父
亀村俊平:三十前くらいの侍
堀弥一郎:江戸柳生家の臣で、茅野の義兄
紀州藩御七里
宗次郎:湯島京鐘屋の主
正吉:裏長屋に住む少年
元村良斎:医師
波多野主膳:東軍流の剣術道場主
波多野伊織:主膳の息子で、波多野道場の若先生
タマ:猫又
ダヤー:象
徳川吉宗:江戸幕府八代将軍
浄円院:吉宗の生母
お久免:吉宗の側室
加納近江守久通:御側御用取次役
千代姫:二代尾張藩主光友の正室

物語●旗本三百石の田沼家に仕える柾木信吾は、主人意行の嫡男龍助と、浅草寺の観音様の縁日に出かける。意行の好物の黍団子を土産に買い求める間に、十三歳の若君龍助とはぐれてしまった。
着物の前がはだけ、髪をざんばらに振り乱した背の高い男が大刀を抜き払って、龍助に襲い掛かる。あわやというところで、役者のように整った顔をした若い男・桜井右京が助けに入った。
その頃、江戸では怪異が続いていた。それらの出来事の背後には、将軍位の簒奪を狙う、尾張家の怨霊の恨みがあった。将軍吉宗と御側御用取次役の加納久通、意行は、怨霊をおびき寄せる手立てとして、一刀流の道場主で、役者と見まごう美男で名うての女たらしの右京を使うことに…。

目次■序章/第一章 猛母参上!/第二章 北辰の誓い/第三章 嘆きの夾竹桃/第四章 怨霊の紅き/第五章 東海道地獄旅/第六章 城塞戸山荘/第七章 無慈悲な朝顔/第八章 決戦の時/第九章 終わり良ければすべて良し?

装画:加藤木麻莉
装幀:新潮社装幀室
時代:享保十七年(1732年。五年前が享保十二年)
場所:大奥、浅草寺、本郷御弓町、八丁堀地蔵橋、小石川養生所、筑土明神、徳雲寺、鉄砲洲沖、安治川、枚方、祇園、東福寺、土山、有松、尾張藩下屋敷(戸山荘)、浜御殿、昌平橋、小田原、千住小塚原刑場、ほか
(新潮社・1575円・2012/11/20第1刷・269P)
入手日:2012/12/02
読破日:2012/12/16

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