あるじは秀吉


あるじは秀吉
あるじは秀吉
(あるじはひでよし)
岩井三四二
(いわいみよじ)
[戦国]
★★★★

同じ作者による『あるじは信長』の姉妹編。この後、『あるじは家康』も出るそうだ。

本書は、徳川二代将軍秀忠のお伽衆をつとめる山名禅高が、秀忠に対して秀吉に関する七つのエピソードを語る短編形式で展開する。それぞれの短編の主人公は、秀吉に仕える家臣たちという設定で、『あるじは信長』のパターンを踏襲している。

最初の話「弥助は藤吉郎に馬を貸した」は、年号は明記されていないが、藤吉郎が織田信長に仕えはじめて二、三年後の、弘治三年(1557)ごろの話か。

秀吉というと、織田信長に仕えて出世を重ねる前半と太閤となって権力者となった後半と、その言動が大きく変わったことから、その人間性や人格、キャラクターを捉えることが難しい人物だと思っている。後半生の秀吉には、出世の原動力となったといわれている“人たらし”の部分がまったく見られない。

前から気になっていたこの部分について、『あるじは秀吉』では、七人の家臣たちの七つのエピソードを通じて、明らかにしてくれる。前半と後半で断絶していた秀吉像がひとつにまとまった形で浮かび上がってきた。

秀吉の家臣たちの中で、堀尾茂助(吉晴)が気になった。秀吉の家臣ながら、関ヶ原の戦いで功をあげて、出雲富田二十四万石の大名になった人。長編小説の主人公として描いてみても面白いのでは、と思った。

この作品の語り部である、山名禅高(豊国)は室町幕府の四職の山名家の末裔で、因幡岩井城主をつとめたこともある戦国大名で、毛利、秀吉、家康、秀忠に仕えた人物。山名家の嫡流として、禅高の子孫は江戸時代を通じて交代寄合をつとめている。

主な登場人物◆
木下藤吉郎(後の豊臣秀吉):織田信長の家臣
とも:藤吉郎の姉
小一郎:秀吉の義弟
弥助:ともの夫で、藤吉郎の義兄で、後の三次吉房
浅野弥兵衛:妻の縁者で、秀吉の家臣
杉原七郎左衛門:妻の縁者で、秀吉の家臣
一若:藤吉郎の幼なじみ
五郎八:津島の服部右馬大夫の家人
坪内喜太郎:二十五歳の若者
坪内玄蕃:木曽川の川並衆坪内党の頭目。喜太郎の父
坪内惣兵衛:喜太郎の祖父
蜂須賀小六:藤吉郎配下の川並衆
前野将右衛門:藤吉郎配下の川並衆
伊木清兵衛:伊木山城主
大沢治郎左衛門:鵜沼城主
大沢主水:治郎左衛門の嫡男
生駒八右衛門:信長の馬廻り衆
加藤虎之助(後の清正):秀吉子飼いの家臣
福島市松(後の正則):秀吉子飼いの家臣
ねね:秀吉の妻
飯田才八:虎之助の家来
市野久兵衛:家籠もり者
堀尾茂助:秀吉の馬廻り衆
横山三郎助:茂助の家来
山岡吉左衛門:茂助の家来
村木兵部:茂助の家来
高田蔵人:茂助の家来
竹中半兵衛:秀吉の軍師
稲田大八郎:小六の家臣
黒田官兵衛:秀吉の軍師
安国寺恵瓊:毛利方の交渉相手
清水宗治:高松城主
宇喜多八郎:宇喜多家の総領
お福:八郎の母
神子田半左衛門:秀吉の馬廻り衆
福富泰兵衛:半左衛門の家老
日根野備中守:
日根野弥次右衛門:備中守の弟
曾根甚九郎:半左衛門の家臣
長岡与一郎:秀吉の配下の武将
小西行長:肥後半国を治める大名
菊:行長の妻
宗義智:対馬の領主
西笑承兌:相国寺の高僧
前田玄以:奉行
楊方亨:明の正使
沈惟敬:明の副使
織田信長:尾張の領主
山名禅高:秀忠のお伽衆
徳川秀忠:二代将軍

物語●「亡き豊太閤(豊臣秀吉)がなぜに唐入り(朝鮮出兵)をしたのか」
二代将軍徳川秀忠にたずねられた、お伽衆の山名禅高は、その答えを理解してもらうには、秀吉の言動を時を追ってみていくことが必要と話し、秀吉の出自から、世に出るきっかけ、家来衆の育て方、戦にに強かった理由、中国大返しと小牧長久手の戦いなど、秀吉に関わる七つの話を語った…。

目次■序/弥助は藤吉郎に馬を貸した/坪内喜太郎は藤吉郎をはじめて主と仰いだ/加藤虎之助は秀吉に侍奉公の勘どころを見た/堀尾茂助は秀吉に鬼とよばれた/蜂須賀小六は秀吉をどだわけと叱った/神子田半左衛門は秀吉を臆病者とののしった/小西行長は太閤さまの真意をさとった/結

装画:井筒啓之
装丁:大塚充朗
時代:元和三年(1617)冬
場所:江戸城中奥、海東郡乙子村、清洲城、津島、松倉城、鵜沼城、犬山城、伊木山城、長浜城、三木城、野口城、高松城、岡山城、小牧山、大坂城、朝鮮・全羅道の井邑、ほか
(PHP研究所・1500円・2011/12/19第1刷・270P)
入手日:2011/12/05
読破日:2011/12/29

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