オランダ宿の娘


オランダ宿の娘 (ハヤカワ文庫JA)
オランダ宿の娘
(おらんだやどのむすめ)
葉室麟
(はむろりん)
[歴史ミステリー]
★★★★☆☆

江戸に参府するオランダ使節の定宿、阿蘭陀宿の長崎屋が、時代小説に登場することは少なくないが、長崎屋自体を舞台にした時代小説は多くない。本書は、長崎屋の娘、るんと美鶴の姉妹を中心に、文政期(1818年~1829年)の江戸を描いている。

物語は、るんと美鶴の姉妹が懇意にしている古河藩の重臣・鷹見十郎左衛門から、長崎屋の伝手を使って、病妻のために秘薬テリアカを入手するように依頼されるところから始まる。

 富貴が差し出した紙には、なにやら模様が描かれていた。るんは手に取って見た。六方にのびた放射形の図が描かれている。脇からのぞきこんだ美鶴が澄んだ声で訊いた。
「これはなんでございましょうか」
 富貴はにこりとした。
「これは雪なのだそうです」
「雪ですか?」
 るんが首をかしげた。とてもそうは見えなかった。
「蘭鏡で雪を見ると、このような形をしているのだそうです」
「本当ですか」
 るんは驚いて、あらためて図を見た。蘭鏡とは顕微鏡のことである。
 どんな小さな物でも大きく見えるオランダ渡りの覗きカラクりがあること阿蘭陀宿の娘だけにるんも聞いたことがあった。

(『オランダ宿の娘』P.24より)


鷹見十郎左衛門は、古河藩主土井利厚の世子利位の御学問相手を務めていたが、利位は後に雪の研究の成果を『雪華図説』に出版している。江戸の町人たちはも雪の結晶がどのような形をしているかを初めて知り、着物などにその模様が流行したという。

秘薬を求めて、大伝馬町の会津屋を訪れたことから、オランダ宿の娘は事件に巻き込まれていく。

「あの男の心は異国のひとと親しく交わってきた者にしかわからぬだろう。オランダのカピタンと親しくしてきたそなたなら、あの男の胸の内が聞き出せるかもしれぬ」
 十郎左衛門が言うと、富貴が脇から言葉を添えた。
「るんさんならおできになりますよ。だって、あなたはオランダ宿の娘なのですから」
(オランダ宿の娘――)
 るんは胸の中で富貴が言った言葉を繰り返した。

(『オランダ宿の娘』P.190より)


――オランダ宿の娘だとなぜ、こんなことが起きるの
――オランダ宿はこの国と世界の国を懸命につないできたから。美鶴さんとるんさんはカピタンに手紙を出しました
――手紙を出してはいけなかったの
――いいえ。ひとがひとに手紙を出すのはおたがいを大切にするから。たとえ一度でも他の国のひとに手紙を出せば、おたがいを大切にすることが始まる。手紙でつながった心はいつまでも通じ合う
――それはいいことよね
――そう、いいこと。だけど、そうさせたくないと思うひとたちがいる

(『オランダ宿の娘』P.284より)


秘薬をめぐって起こる殺人事件、るんと美鶴の前に現れた謎の人物、オランダ宿の娘に生まれた宿命とは……。ミステリータッチで、文政期の歴史が描かれていく。

間宮林蔵のほかに、シーボルトや遠山景晋、景元父子など、有名な人物も登場し、「シーボルト事件」など史実も物語に織り込まれて、人と人のつながり、江戸と異国とのつながりが描かれていき、最後まで一気に読ませる。

主な登場人物
るん:阿蘭陀宿・長崎屋の娘
美鶴:るんの妹
おかつ:るんと美鶴の母
源右衛門:長崎屋の主人るんと美鶴の父
沢駒次郎:長崎の元オランダ通詞の息子
沢之助:京の阿蘭陀宿・海老屋の三男坊で長崎屋で見習い中
道富丈吉:長崎奉行所の唐物目利。ドゥーフの息子
鷹見十郎左衛門(泉石):下総国古河藩公用人
富貴:十郎左衛門の妻
ヘンドリック・ドゥーフ:長崎オランダ商館長
ヤン・コック・ブロムホフ:ドゥーフの後の商館長
スチュレル:ブロムホフの次のオランダ商館長
メイラン:スチュレルの後の商館長
フォン・シーボルト:長崎出島の商館医
岩瀬弥十郎:通詞
松藤清左衛門:大通詞
葛谷新助:富貴の遠縁の蘭学者
吉雄忠次郎:小通詞
最上徳内:蝦夷地探検家
間宮林蔵:幕府の隠密
鄭十官:唐人の商人
会津屋八右衛門:石見国浜田の回船問屋
五兵衛:会津屋の番頭
おかほ:おかつの昔なじみの小間物問屋の娘
妙心尼:占いを生業とする尼僧
遠山左衛門尉景晋:勘定奉行、元長崎奉行
遠山金四郎景元:景晋の嫡男。小納戸役
松平康任:石見国浜田藩藩主で老中
橋本三兵衛:浜田藩の勘定方
高野長英:シーボルトの門人
其扇:丸山の遊郭引田屋のお抱え遊女。シーボルトの妻
イネ:シーボルトと其扇の間に生まれた娘
高橋作左衛門景保:幕府天文方で書物奉行
下河辺林右衛門:作左衛門の弟子で、二の丸火の番測量御用役
岡田東輔:表火の番
土生玄碩:幕府御殿医
本目帯刀:御目付

物語●るんは、日本橋本石町の阿蘭陀宿の長崎屋の娘。十六歳になるるんには、二歳下の妹美鶴がいる。二人は、長崎屋と懇意にしている古河藩の重臣・鷹見十郎左衛門の屋敷を妻の富貴の病気見舞いに訪れた。そこで、鷹見から富貴のために、秘薬テリアカを入手するように依頼される。
同じころ、長崎屋に、ブロンホフら、オランダ商館長の一行がやって来た。一行には、前商館長のドゥーフと遊女瓜生野の間に生まれた丈吉が含まれていた…。

目次■目次なし

カバーイラスト:ヤマモトマサアキ
カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
解説:大矢博子
時代:文政五年三月
場所:本石町、古河藩上屋敷(赤坂御門内)、江戸城、大伝馬町、長崎出島、柳橋、深川、浅草新堀、深川蛤町、小伝馬町、ほか
(早川書房・ハヤカワ文庫・700円・2012/04/15第1刷・349P)
入手日:2012/04/18
読破日:2012/07/01

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