紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末


紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末
紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末
(べにぎらい けんざんやはだかよめしまつ)
蜂谷涼
(はちやりょう)
[市井]
★★★★☆☆

大店の献残屋・仙石屋の女主人おしのを主人公にした、連作形式の時代小説の第2弾。文庫書き下ろし。時代は十三代将軍徳川家定のころ。おしのを引き立ててくれた、十二代将軍家慶の側室・お琴の方が亡くなった、その三七日から物語は始まる。

 おしのが主を務める仙石屋は、将軍家や大名家や旗本などに献上された品の残りを買い取って、御用達に売ったり店先に並べたりしている。世間からは献残屋と呼ばれる商いだ。

(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.9より)


献残屋(けんざんや)は、武家が中心の江戸ならでは商いである。主に献上や贈答に使われる、熨斗鮑、干鮑、昆布、干物、からすみ、鶴や鴨などの肉を塩漬けにした塩鳥、葛粉、片栗粉といった日持ちのする食べ物と、献上品を載せたり入れたりする檜台や樽、折櫃などから、香炉や壺、掛け軸などまでを取り扱っている。

 おしのがお琴の方の死を知ったのは、初七日にあたる日だった。実家に呼びつけられたお琴の方は、兄の手によって一刀のもとに成敗されてしまったのだ。まさにその夜、思い出すだに身震いが止まらぬほどの大地震が、江戸を襲った。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.11より)


前作では、お琴の方の死や江戸を襲った安政大地震が描かれている。本作は、その後を描く。
おしのの別れた亭主の運平とその連れ合いおみね、その娘・お佳世が大地震によって被災し、仙石屋に身を寄せることなる。

 閑古鳥が鳴き続けているとはいえ、尾羽根屋さんに比べれば、うちの店などまだ恵まれている。
 胸につぶやいて、ひやりとした。
 己よりも不運な他人様と引き比べて安心しようとするなど、心根が貧しい証にほかならない。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.27より)


多くの試練や困難な状況に遭いながらも、店を守り続けるおしのを描く、細腕繁盛記的なものが本書のテーマの一つだが、そのたびに迷い戸惑う主人公を支えるのが周囲の人たちの一言だったり、人生訓だったりする。わかっていてもその通りにできない弱い自分を認めるのが好ましい。

「そちを支えておる舅姑、店の者たち、そして力平。そちは多くの実に囲まれておるではないか。それが見えぬとは、そちはどうしようもない愚か者じゃ」
 喉の奥が熱くなった。雨粒に濡れた頬を温かなしずくが伝い落ちた。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.61より)


 かつて、作松は腕っこきの彫物大工だった。おしのは、物心ついたときからことあるごとに「お父っつあんはね、初代・波の伊八の生まれ変わりと言われていたんだよ」と、おひさに聞かされて育った。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.77より)


武志伊八郎を名乗る初代は、左甚五郎の流れを汲む島村流で修業を重ね、上総や安房、江戸や神奈川などの神社仏閣の欄間彫刻を手掛けた。生きているがごとき龍やしぶきがかかりそうな波の彫りを得意としていて、「波の伊八」と呼ばれていた。

おしのの父作松は、おしのが手習所に入る前に、普請場で負ったケガがもとで、平刀や丸刀などの彫刻刀を自在に操られなくなり、下駄の歯直しに仕事替えしていた。

 これが作松なら「こういうときこそ明けの行燈だ」と言うのだろうか。「今は腹が立ってやりきれないだろうが、ぐっと堪えて心が落ち着くのを待て。そうしたら、腹立ちなんぞ、明けの行燈みてえに無用のものに変わってくぜ」と、そんなふうにおしのに言い聞かせるのだろうか。
 明けの行燈。明けの行燈……。
 おしのは呪文のごとく胸に繰り返した。しかし、そこで燃え盛る憤怒の炎は、少しも鎮まろうとはしなかった。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.116より)


おしのの両親、作松とおひさに、一日一日をまっとうに生きる江戸の庶民の典型が見られる。

「たまには良いではありませんか。せっかくここまで来たんです。少し足を延ばして、信州の更科蕎麦を食べにまいりましょう」
「えっ。信州まで出かけるのございますか」
 ますます目を丸くする喜六に満面の笑みを返して、おしのは駕籠かきを振り返った。
「麻布永坂、高稲荷の下までお願いしますよ」
「ああ、布屋太兵衛でございますね」
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.121より)


今も盛業の更科そばの布屋太兵衛が出て来て面白い。ほかにも、神田上水にかかる姿見橋にまつわる哀しい話も紹介されていて、興味深い。

「あたしもです。あと何日かしても来なかったら、お勝手口に『まつとし聞かば』を貼ろうかと思っていたとこでございます」
「なあに、それ」
 座敷の上がり框に腰掛けて、力平は膝に抱いた三毛を撫でさする。
「猫が帰って来るまじないでございますよ。『立ち別れ いなばの山の峯に生ふる まつとし聞かば今帰り来む』と半紙に書いて貼っておけば、迷子になった猫が帰ってくるんです」
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.150より)


本編では、迷い猫の三毛が力平のペットとして、仙石屋の家族に仲間入りする。百人一首の在原業平の歌がもとだが、いなくなった動物が戻ってくるように願うおまじないでもある。

 これは商いの戦であると同時に、おしのとおみねの戦でもある。女の意地を賭けた分け目の戦だ。一騎打ちでなければ意味がない。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.165より)


 しかし、元を質せば運平がこの仙石屋の五代目だったのだ。子宝に恵まれなかったおしのは、おみねが力平を身ごもったときに、離縁されても文句の言えぬ立場だった。世間の相場なら、おしのがこの家を去り、おみねが仙石屋のお内儀になるのが当たり前のことなのだ。
 その引け目は、どれほど左近とおりきが善くしてくれても、奉公人たちが支えてくれても、おしのの胸にしつこくはびこっていた。まして、おみねが実の母であるということをとうに知っている力平が、以前とまったく変わらずにおしのを慕ってくれているとあっては、なおさらだ。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.181より)


今回の最大の見どころは、あらゆる手段を講じて、女主人の座を狙うおみねの暗躍ぶり。そして、真っ向から立ち向かうヒロインの女丈夫ぶり。とはいえ、窮地に追い込まれて、柱を相手に諸手突きをするおしの。ドロドロした感じが突き抜けていて爽快感すらある。

 お父っつあんは、おみねさんの性根が腐ってるなら黙ってても尻尾を出す、まっとうに働いていればお天道様が必ず助けてくれる、と言っていた。けど、本当にそうだろうか。いくらまっとうに働いているつもりでも、この体たらくでは、お天道様だって匙を投げるのではなかろうか。いったい自分はこの十八年間、何をしてきたんだろう。
 
(『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』P.221より)


解説で脚本家の井上由美子さんが、同じシナリオ学校で学んだ仲間として紹介されているが、蜂谷さんの作品を面白く感じるのは、ドラマ的に展開することなのかもしれない。登場人物たちや情景がしっかりと描かれている。安心して物語の世界を楽しめる。

タイトルの「紅きらい」は、五百石取りの旗本で、小納戸役の絵具方として第十代将軍家治に仕えた絵師鳥文斎栄之が絵に赤や紅を使わずに「紅嫌い」と呼ばれエピソードを取り入れた最後に収録された「紅嫌い」の話による。「献残屋はだか嫁」にほうの「紅嫌い」の話は感動的(ネタバレになるので触れられないが)。

主な登場人物
おしの:献残屋の仙石屋の女主
左近:仙石屋の四代目で、おしのの舅
おりき:おしのの姑
運平:左近とおりきの実子で、仙石屋の五代目当主。おしのの別れた夫、
おみね:運平の妾
力平:運平とおみねの間の子
お佳世:運平とおみねの子で、力平の妹
作松:下駄の歯直し。おしのの父
おひさ:おしのの母
お琴の方:徳川家慶の側室
邑山:お琴の方の侍女
慈琺:瓏泉寺の住職
孫七:瓏泉寺の寺男
喜六:仙石屋の番頭
清助:仙石屋の手代頭
彦次:仙石屋の手代
小三郎:仙石屋の手代

物語●
大店の献残屋・仙石屋を切り盛りする女主人のおしの。仙石屋の五代目主人で、店を追われた元亭主の運平と妾のおみね、娘のお佳世が大地震で被災して、仙石屋に戻ってきた。おみねは、跡継ぎ息子・力平の実母であることを盾に女主人の座を狙う。

身一つで仙石屋に嫁いできて以来、ダメ亭主が外で作った子を育てながら、店を支えてきた誇りを胸に迎え撃つおしの。女同士の進退をかけた分け目の戦が始まる……。

目次■花は咲けども/明けの行燈/みけとからす/雪の果て/女人結界/紅嫌い/解説 井上由美子

デザイン:南伸坊
解説:井上由美子
時代:安政二年(1855年)秋
場所:山吹の里、飯田町、黒船町、赤坂裏伝馬町、姿見橋、ほか
(文藝春秋・文春文庫・600円+税・2014/03/10第1刷・341P)
入手日:2014/05/20
読破日:2014/06/28
Amazon.co.jpで購入



コメント

コメント