母恋い桜 蕎麦売り平次郎人情帖


母恋い桜_蕎麦売り平次郎人情帖 (角川春樹事務所 時代小説文庫)
母恋い桜 蕎麦売り平次郎人情帖
(ははこいさくら そばうりへいじろうにんじょうちょう)
千野隆司
(ちのたかし)
[市井]
★★★★

文庫書き下ろし。

元定町廻り同心で、今は振り売りの蕎麦屋の菊薗平次郎が活躍する市井捕物小説の第四弾。表題作のほかに、「濡れ衣の火」「事八日の笊」の三篇を収録。

「濡れ衣の火」は、作者の得意な無実ながら罠に嵌った男を、牢問いで自白を強要される前に救えるかがテーマのサスペンス捕物話。

 定町廻り同心を屋台の蕎麦屋を始めたときは、病で体が動かなくなるまでは、何があっても休まないと決意をした。だから昨日も商いをしたが、鶴七のことが気になって身が入らなかった。
 今日も同じで、何もかも置いて走り出したい気持ちを抑えかねていた。仕入れる蕎麦の量を減らしてもらえたのは幸いだった。
 
(『母恋いの桜』「濡れ衣の火」P.69より)


「人情帖」とタイトルに付いているように、江戸の庶民を描いた市井小説になっているが、甘ったるい人情ものではなく、主人公が元町方同心という武家らしい節度のある態度で物事に対処していくところが描かれていて、リアリティーを感じる。

かつての手先で、今は仕事仲間の鶴七が絶体絶命の危機に陥りながら、蕎麦を作り続ける主人公に「早く何とかしろ」とも尻を叩きたくなるぐらい、やきもきさせられる。

表題作の「母恋い桜」も、掛け取りの金子を掏り取られて絶体絶命の手代を助ける話。手代が思いを寄せている辰巳庵の娘・繍の義理の息子ということで、平次郎の探索ぶりがいつもより熱が入っている気がするのは、うがった見方か。

「事八日」とは、二月八日の御事納めのこと。師走八日から、江戸の人々は正月の準備を始める。この日を御事始めといい、新しい年を迎えて、正月が終わり、春の農神を迎える二月八日を御事納めという。師走八日と二月八日には、味噌を使った汁物である御事汁を食す。また、御事納めには、家々の軒先から、空に向かって竿が突き立てられて、竿の先には、笊がくくりつけられていた。邪を払う意味である。

千野さんの時代小説では、こういった江戸の風物詩についても、物語の中に織り込まれていて楽しめる。

主な登場人物
菊薗平次郎:元同心で、屋台の蕎麦屋の主。芝入横町の裏長屋「太郎助店」に一人暮らす
鶴七:天麩羅売り
蔦吉:酒の卸人
お花:蔦吉の娘
お梅:お花の妹
米吉:お花の弟
おてつ:夜鷹
丑:物貰い
お舟:付け木売り
北原佐之助:南町奉行所定町廻り同心
菊薗妙:平次郎の末娘
菊薗清四郎:妙の婿で、定町廻り同心
橋本半兵衛:本所方同心
五郎作:蕎麦屋辰巳庵の主人
繍:五郎作の娘
大久保民之助:平次郎と同じ裏長屋に暮らす浪人
松蔵:平次郎と同じ裏長屋に暮らす馬喰
おトシ:松蔵の姉
お尚:おトシの一人娘
常造:馬喰の親方
お品:平次郎の裏長屋に新しく越してきた夜鷹
おカツ:二十代半ばの垢抜けた女
藤助:足袋屋相模屋の番頭
鈴村次郎兵衛:南町奉行所吟味方与力
定五郎:岡っ引
小半治:瓦職人
伴吉:小半治の弟で錠前職人
鳴沢辰之助:水谷町の裏長屋に住む浪人
おはる:筑波町の小料理屋『春こま』の雇われおかみ
忠右衛門:日本橋通町の小間物屋澤田屋の主人
忠兵衛:澤田屋の番頭で、忠右衛門の弟
文吉:北品川二丁目の履物屋初音屋の主人
六助:初音屋の手代
甲太郎:深川熊井町の米問屋越前屋の手代
四郎兵衛:越前屋の主人
お花:四郎兵衛の女房
春太郎:越前屋の跡取り
お梅:四郎兵衛の娘
八右衛門:日本橋米沢町の米屋臼井屋の主人
八助:八右衛門の倅で番頭
鮫七:深川馬場通りの地廻り
お弓:相川町の海産物屋の娘で、お梅の友達
庄吉:飴や団子の振り売り
寅吉:長脇差しの男
お砂:女掏摸

物語●「濡れ衣の火」屋台の天麩羅売りの鶴七は、おカツと名乗る別嬪の女に頼まれて、いつもと違う金杉川の北側の浜松町三丁目に店を出した。そして屋台店を大通りに置いたまま、おカツに呼ばれて女の家の近くまで行った…。

「事八日の笊」平次郎と同じ、本芝入横町の長屋に住む馬喰の松蔵は、眼病を患った姪のお尚を医者にかけるために、五両を必要としていた。金策で保土ヶ谷宿の顔馴染みの馬喰仲間のところに行った帰りに、八丁畷の夜道で二人がかりで一人を抱えている気配と呻き声を聞いていたが、金策のことに気が行ってそのままその場を通り過ぎた…。

「母恋い桜」深川熊井町の米問屋越後屋の手代の甲太郎は、はじめての金子の掛け取りの帰りに、両国橋の橋袂の広場で二人の破落戸に追われている女を助けた。しかし、女は甲太郎の懐の財布を掏って姿を消してしまった…。

目次■濡れ衣の火|事八日の笊|母恋い桜

装画:遠藤拓人
装幀:五十嵐徹(芹澤泰偉事務所)
時代:明示されず
場所:浜松町三丁目、芝入横町、本芝二丁目正念寺裏手、松村町、南茅場町、八丁畷、神田富松町、日本橋通町、北品川二丁目、北品川三丁目、東両国、深川熊井町、日本橋米沢町、万年町、ほか
(角川春樹事務所・ハルキ文庫・686円・2012/02/18第1刷・274P)
入手日:2012/05/01
読破日:2012/05/14

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