「2017年9月の新刊 下」をアップ

冬を待つ城2017年9月21日から9月30日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2017年9月の新刊 下」を掲載しました。

安部龍太郎さんの『冬を待つ城』が新潮文庫より出ます。
秀吉軍15万VS籠城方3千。戦国最大の「奥州仕置き」に迫る歴史長編です。

小田原の北条氏を滅ぼし、天下統一の総仕上げとして奥州北端の九戸城を囲んだ秀吉軍。その兵力はなんと15万。わずか3千の城兵を相手に何故かほどの大軍を擁するのか。その真意に気づいた城主九戸政実は、秀吉軍の謀略を逆手に取り罠をしかける。あとは雪深い冬を待つのみ……。


九戸政実を長兄とする四兄弟が結束し、石田三成の仕組んだ謀略に百倍返しする秘策を実行に移します。
戦国時代をテーマにしながらも、知られざる東北の雄を取り上げたことで、ワクワクドキドキの読み応えのある、歴史小説になっています。

九戸政実を描いた時代小説では、高橋克彦さんの『天を衝く』(全3巻)もおすすめです。

■Amazon.co.jp
『冬を待つ城』

『天を衝く(1)』

→2017年9月の新刊 下


千の命を助けた、江戸の産科医賀川玄悦の生涯を描く傑作

千の命植松三十里(うえまつみどり)さんの『千の命』(小学館文庫)が文庫化されて発売されました。江戸中期の産科医、賀川玄悦(かがわげんえつ)の生涯を描いた時代小説です。
2006年6月に講談社から刊行された単行本『千の命』を加筆改稿したものです。

彦根藩士の子、賀川玄悦の生みの親は出産で命を落とす。玄悦は医者を志したが許されず、独学で鍼や按摩の技術を習得し京都に出る。ある日、お産で苦しむ隣人の女房を自らの技術で救った。その技術は評判となり回生術と名付けた。
その後、玄悦は難産でひどい扱いをされている商家の妾・お糸を引き取った。次第に、お糸に特別な感情を抱くようになる。三人の子供との関りや妻のお信とお糸のことに悩みながらも、多くの命を救った。


玄悦は、彦根藩士三浦軍助の三男として生まれました。父軍助が江戸詰めで留守の間、母や兄たちからいじめに遭う中で、下女のお八重だけが玄悦(幼名・光森)を温かく接していました。やがて実家に戻っていたお八重が出産で危篤となり、呼び寄せられた玄悦はお八重が生みの親であることを知ります。

出産では十四、五人にひとりは、命を落とすとも聞く。まさに戦国の頃、男が戦場に向かったのと同じ覚悟で、臨まねばならないと言われていた。
(『千の命』P.6より)


二十六歳で医者を志して京都に出た玄悦は、三十三歳のとき、十五歳下のお信と結婚しました。物語の冒頭で、三十四歳にして我が子の誕生を迎え、出産に立ち会う玄悦の様子がユーモアを織り交ぜて描かれています。

当時の玄悦は、まだ産科医になっておらず、昼は古鉄の回収売買を行い、夜は按摩を兼ねる鍼師として生計を立てていました。

隣家の女房お菊が難産で、胎児が出てこなくて腹の中で死にかけているらしく、このままではお菊の命まで危ないが、産婆でも手の打ちようがないといい、玄悦に助けを求められます。

玄悦の大きな手で、母体から胎児を取り出そうと試みますがうまくいかず、試行錯誤の末に商売物の鉄鉤(天秤の部品)を使って、死んだ胎児のからだに引っかけて引きずり出せないかと考えて試します。

玄悦の回生術は評判が高まる一方で、既に死んでいるとはいえ胎児を傷つけて引きずりだすことに、僧侶や医者、産婆から言語道断と非難されました。迷信は根強く水子の霊がついていると噂され、子供たちがいじめに遭うこともありました。

「わしは死ぬまでに、千人の命を救いたいと思うています」
 それは玄悦が日頃から、漠然と抱いている夢だった。
(『千の命』P.229より)


賀川玄悦の功績としては、多くの臨床体験を積む中で、出産用の鉗子を発明したことのほかに、胎児の正常胎位を発見したことがあります。それ以前は、母体中で胎児は頭を上にしていて、陣痛が始まってから胎児が回転して下を向くと考えれていました。

「千の命があれば、千の生きてく意味がある。みんな、その意味を探して、精いっぱい生きなあかん。誰でも、おかあちゃんが命かけて産んでくれはったんやから、大事に生きなあかん」
(『千の命』P.357より)


本書は、玄悦の一代記であるばかり、玄悦とその家族(妻お信、長男玄吾、次男金吾、長女お佐乃ら)とのファミリードラマでもあります。
なりふり構わず真摯に人の命に向き合う玄悦に魅せられながら、家族関係で苦悩する玄悦にも共感を覚えます。

日本で初めて腑分けをした山脇東洋や「毒を以て毒を制す」を信条とする吉益東洞らも登場し、当時最先端だった京都の医学界の一端もうかがい知れて興味深かったです。


■Amazon.co.jp
『千の命』


歴史時代小説家植松三十里の公式サイト「松の間」

「2017年9月の新刊 中」をアップ

春雷2017年9月11日から9月20日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2017年9月の新刊 中」を掲載しました。

葉室麟さんの『春雷』が祥伝社文庫より刊行されます。
『蜩の記』『潮鳴り』から続く、豊後・羽根藩を舞台にしたシリーズ第3作の待望の文庫化です。

鬼隼人、許すまじ――怨嗟渦巻く豊後・羽根藩。新参の多聞隼人が“覚悟”を秘し、藩主・三浦兼清を名君と成すため、苛烈な改革を断行していた。そんな中、一揆を招きかねない黒菱沼干拓の命を、家老就任を条件に隼人は受諾。
大庄屋の〈人食い〉七右衛門、学者の〈大蛇〉臥雲を召集、難工事に着手する。だが城中では、反隼人派の策謀が蠢き始めていた……。


本書で、凛とした武士の生きざまにしっかりと向き合いたいと思います。

魅力的なラインナップとなった祥伝社文庫の9月の新刊では、簑輪諒さんの『最低の軍師』も楽しみにしています。
一万五千の上杉謙信軍に対して、北条方の原胤貞が治める下総の臼井城にて、二千の城兵で立ち向かった、軍師白井浄三の生涯を描いた作品です

■Amazon.co.jp
『春雷』
『蜩の記』
『潮鳴り』

『最低の軍師』


→2017年9月の新刊 中

伊豆沖で女海賊と戦う市兵衛。縁談の行方からも目が離せない

架け橋 風の市兵衛辻堂魁(つじどうかい)さんの文庫書き下ろし時代小説シリーズ20巻、『架け橋 風の市兵衛』(祥伝社文庫)が刊行されています。

唐木市兵衛を相模平塚・須賀湊の廻船問屋《弓月》の父子・七左衛門と三一郎が伝言を持って訪ねてきた。相手は返弥陀ノ介の許から姿を消した女・お青だった。伊豆沖で海賊に捕らえれるも逃げ出して、七左衛門らに助けられていた。弥陀ノ介には内密にと請われ、市兵衛は単身須賀湊へ向かう。
一方、弥陀ノ介は、〈東雲お国〉と名乗る女海賊の討伐のため、浦賀奉行所に派遣される。だが、お国は弟を殺された哀しみで、復讐の鬼と化していた……。


15巻の『夕影』で姿を消した、青(せい)が久々に姿を現します。乗っていた船が暴風雨で破船し、女海賊〈東雲お国〉により一時は囚われの身になりますが、傷つきながらも逃げ出して、廻船問屋・弓月の七左衛門に助けられます。

お青は弥陀ノ介の最愛の人です。そのお青から、「助けてほしい。弥陀ノ介に言うな」の伝言を受けて、市兵衛は友・弥陀ノ介のために須賀へ。

女海賊〈東雲お国〉は、相模から伊豆、駿河、安房上総などの湊へ、闇に紛れて侵入し、廻船問屋や裕福な商家に押し入り、女子供にも容赦なく斬り捨て、金目の物を奪っていきます。そのお国が溺愛する弟を、お青に殺されて復讐の鬼と化します。

今回の読みどころの一つは、女海賊に対して、市兵衛の風の剣が挑む船上で格闘シーンです。百戦錬磨の海賊たちを相手に、狭い船上を縦横無尽に飛び回る市兵衛に、ハラハラドキドキ、興奮します。

また、物語ではサイドストーリーとして、市兵衛の縁談話が描かれています。
『待つ春や』での市兵衛の縦横無尽な活躍を知った、武州忍田領阿部家のお側衆をつとめる大庭桐右衛門から、娘の婿に請われて、見合いをすることになります。

この縁談話の顛末も大いに気になります。
同時刊行ということもあり、19巻の『遠き潮騒』と合わせて上下巻という感じもしますが、「風の市兵衛」ファンとしては至福の時を過ごせます。

■Amazon.co.jp
『遠き潮騒 風の市兵衛』(19巻)
『架け橋 風の市兵衛』(20巻)

『夕影 風の市兵衛』(15巻)
『待つ春や 風の市兵衛』(18巻)


失踪した幼馴染みを追い、銚子湊へ向かう弥陀ノ介と市兵衛

遠き潮騒 風の市兵衛辻堂魁(つじどうかい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『遠き潮騒 風の市兵衛』(祥伝社文庫)を紹介します。

深川で干鰯〆粕問屋の下総屋の主が刺殺された。玄人の仕業と疑った北町奉行所同心・渋井鬼三次は、聞き込みから賊は銚子湊の男と睨み、奉行の許可を得て現地に急行した。
同じころ、唐木市兵衛は、友人の返弥陀ノ介の供で下総八日市場を目指していた。
三年半前に失踪した弥陀ノ介の幼馴染みの松山卓が目撃されたのだ。当時、銚子湊では幕領米の抜け荷が噂され、役人だった卓は忽然と姿を消していた……。


弥陀ノ介の幼馴染みで友人の松山卓(すぐる)は、下総・銚子湊で東北天領より運ばれてくる年貢米を利根川舟運へ廻漕する事務取扱を管掌する勘定所の《務場(つとめば)》に赴任していました。
三年半前に銚子湊の南にある、屏風ヶ浦の断崖で目撃されたのを最後に姿を消しています。

物語では屏風ヶ浦の西に位置する八日市場は市が開かれる繁華な場所として描かれ、九十九里の鰯漁の豊漁ぶりや飯沼観音(飯沼山圓福寺)など銚子湊の情景に、旅愁を誘われます。
銚子湊と八日市場の間に飯岡村がありますが、売り出し中の博徒として、飯岡の助五郎も登場します。

市兵衛と弥陀ノ介の最強コンビが、湊に巣食う悪に立ち向かうシーンが圧巻。胸のすく活躍ぶりを見せます。

本書は125万部突破の大人気シリーズの19巻。辻堂さんの作家生活10周年を記念して、シリーズ20巻の『架け橋 風の市兵衛』と同時刊行になっています。
作家生活10周年キャンペーンとして、『遠き潮騒』と『架け橋』の2冊を購入された読者を対象に、「市兵衛をイメージした本染めオリジナル和手ぬぐい」や「風の市兵衛シリーズのカバー画を集めた限定ポストカードセット(20枚入り)のプレゼントもあります。(締切:2017年9月30日)

九十九里浜と屏風ケ浜の鰯漁が登場する時代小説では、水田勁(みずたけい)さんの『海よ かもめよ 紀之屋玉吉残夢録(三)』(双葉文庫)も痛快で、面白かったです。

■Amazon.co.jp
『遠き潮騒 風の市兵衛』(19巻)
『架け橋 風の市兵衛』(20巻)

『海よ かもめよ 紀之屋玉吉残夢録(三)』(水田勁・双葉文庫・Kindle版)