江戸スイーツ男子が作る菓子と兄弟愛に心満たされる

深川二幸堂 菓子こよみ「上絵師 律の似顔絵帖」シリーズで注目の、知野みさき(ちのみさき)さんの文庫書き下ろし時代小説、『深川二幸堂 菓子こよみ』がだいわ文庫より刊行されました。

「餡子だけじゃつまらねぇ。菓子を作れよ、孝次郎――」
深川で菓子屋「二幸堂(にこうどう)」を始めた兄・光太郎と弟・孝次郎。
ほんのり甘酒香る薄皮饅頭「斑雪(はだれゆき)」、桜の花弁を模した上生菓子「恋桜(こいざくら)」、黄身餡が贅沢な「天道(てんどう)」と十四夜の月の如く控えめな甘さの「幾望(きぼう)」、柳の青葉が風情涼やかな錦玉羹「春の川」、薄紅色の白餡大福「紅福(べにふく)」。
――不器用な職人・孝次郎の作るとびきりの菓子が、人と人を繋げ、出会いをもたらし、ささやかな幸福を照らし出す。


弟の孝次郎は二十四歳。日本橋の大店菓子屋・草笛屋で菓子職人をしていたが、その腕を高く買っていた先代主人が亡くなると、代替わりした主人・信俊には疎まれて、菓子を仕上げる板場から、餡を作るだけの「餡炊き部屋」へと追いやられました。

二つ違いの兄・光太郎は、亡き父勘太郎の跡を継ぎ、神田で根付師をしています。
そんな弟の窮状を知って、光太郎は「身の周りの物をまとめておけ」という伝言を伝えて、草笛屋の信俊に、孝次郎を今日限りで草笛屋を辞めさせて、引き取りと告げます。

「長くなりますから事情は割愛いたしますが、この度わたくしは、深川で新しく菓子屋を開くことになったんです。それで孝次郎の手を借りたいと思いましてね。十二歳の夏から勤め始めて十二年。干支も一回りしましたし、御礼奉公までとっくに終わっておりましょう。わたくしは菓子には素人ですが、弟は草笛屋の先代に見込まれた菓子職人だ。先代のご遺志と店を引き継いだ旦那さまのことですから、心優しい弟が兄を助けることにまさか否やはありますまい」
(『深川二幸堂 菓子こよみ』P.23より)


口説爽やかに弟を引き取る光太郎。兄貴風を吹かせて、実にかっこいいです。

二人兄弟の始めた店は、光太郎と孝次郎の二人とも「こうの字」で、「幸」という字を当てて「二幸堂」と名付けられました。店主兼売り子は光太郎で、菓子作りはすべて孝次郎一人で行います。

役者のよう色男で社交的な兄と、火事で負った火傷がもとで内向的で生き方が不器用な弟。対照的な兄弟の絆が情感豊かに描かれています。

この物語には、次々と、季節感を伝えるオリジナルの和スイーツが登場します。作り方や色、形の描写を読んでいるだけで、美味しそうでお腹が刺激されます。

そして、登場人物たちが織り成す人情と恋の物語は、美味しいそうなだけでなく、優しい気分にしてくれて、心も満たしてくれます。

■Amazon.co.jp
『深川二幸堂 菓子こよみ』(知野みさき・だいわ文庫)


江戸の怪異を、話題の女性時代小説家たちが描くアンソロジー

あやかし 〈妖怪〉時代小説傑作選文芸評論家の細谷正充さんのセレクションによる、『あやかし 〈妖怪〉時代小説傑作選』がPHP文芸文庫より刊行されました。

病弱な若だんなのために特別に注文された布団から夜な夜な聞こえてくる泣き声の正体(「四布の布団」)、のっぺらぼうの同心のもとに持ち込まれてきた、奇妙な女からの訴え(「あやかし同心」)、「百物語」の場に来た少年には、可愛らしい少女の姿をした神様が憑いていた(「逃げ水」)など、妖怪や怪異を扱った短編六作を収録した時代小説アンソロジー。


編者の細谷正充さんに解説によると、本書は単に女性作家の作品を並べただけでなく、二つの趣向を凝らしたそうです。

一つは、歴史・時代小説の分野で、女性作家の活躍の場を大きく広げるエポックとなった、宮部みゆきさんを柱にしながら、比較的デビューの若い作家の作品を中心にしたこと。
もう一つは、『あやかし』というタイトルにあるように、怪異や妖怪を扱った、時代ホラーの傑作を集めたことにあります。

アンソロジーの収録作品は以下の通り。

「四布(よの)の布団」畠中恵
ご存じ「しゃばけ」シリーズの一編。

「蛼橋(こおろぎばし)」木内昇
『漂砂のうたう』で第百四十四回直木賞を受賞した木内さんの短編。(「こおろぎ」は「虫」へんに「車」)

「あやかし同心」霜島ケイ
『のっぺら あやかし同心捕物控』で時代小説デビューした作者のシリーズ第一話。

「うわんと鳴く声」小松エメル
『一鬼夜行』シリーズで人気の作者の、「うわん」シリーズの第一話

「夜の鶴」折口真喜子
与謝蕪村が見聞した怪異を語る『踊る猫』に収録された連作の一篇。

「逃げ水」宮部みゆき
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』に収録された一篇。

バラエティに富んだ作品で、笑って泣いて、恐怖する、江戸ホラーが大いに楽しめます。

なお、PHP文芸文庫では、本書刊行後も、『なぞとき 〈捕物〉時代小説傑作選』(2018年1月初旬)、『なさけ 〈人情〉時代小説傑作選』(2018年3月初旬)と、宮部みゆきさんを中心に、現役バリバリの女性時代小説家の競演による時代小説アンソロジーを刊行されるとのこと。

最前線で活躍する女性作家たちの作品の面白さ、魅力が良いとこどりできます。
未読の作家であれば、これらの「時代傑作選」シリーズから、個々の作家の長編やシリーズに入っていくといいですね。

私も、早速、霜島ケイさんの『のっぺら あやかし同心捕物控』をポチっとしました。

■Amazon.co.jp
『あやかし 〈妖怪〉時代小説傑作選』(細谷正充編・PHP文芸文庫)
『ぬしさまへ』(畠中恵・新潮文庫)
『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ・廣済堂文庫・Kindle版)
『うわん 七つまでは神のうち』(小松エメル・光文社文庫)
『踊る猫』(折口真喜子・光文社文庫)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき・角川文庫)


「2017年11月の新刊 中」をアップ

九紋龍 羽州ぼろ鳶組2017年11月11日から11月20日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2017年11月の新刊 中」を掲載しました。

今村翔吾さんの『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』が祥伝社文庫より刊行されます。
新庄藩火消・通称〝ぼろ鳶〟組頭・松永源吾が活躍する、痛快火消小説シリーズ。『火喰鳥』『夜哭烏』に続く、第3弾です。

火事を起こし、その隙に皆殺しの押し込みを働く盗賊・千羽一家が江戸に入った。その報を受けた新庄藩火消・通称〝ぼろ鳶〟組頭・松永源吾は火付けを止めるべく奔走する。だが藩主の親戚・戸沢正親が現れ、火消の削減を宣言。
一方現場では九頭の龍を躰に刻み、町火消最強と恐れられる「に組」頭〝九紋龍〟が乱入、大混乱に陥っていた。絶対的な危機に、ぼろ鳶組の命運は!?


手に汗に握る、興奮をして、泣かせてくれる、今、注目のシリーズ最新作の登場。楽しみです。

■Amazon.co.jp
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫) 第1作
『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫) 第2作
『九紋龍 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫) 第3作


→2017年11月の新刊 中


吉宗の密命を帯び、将軍名代の巡見使新九郎、信濃路を行く

無双の拝領剣 巡見使新九郎山田剛(やまだたけし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『無双の拝領剣 巡見使新九郎』がコスミック・時代文庫より刊行されました。

著者の山田さんは、2011年に第17回歴史群像大賞佳作を受賞して、デビュー。受賞作「刺客――用心棒日和」は、『大江戸旅の用心棒 雪見の刺客』と改題して、学研M文庫から刊行されました。
ほかに、『中町奉行所内与力 かみそり右近』『御花畑役秘帖 返り咲き三左』(いずれも学研M文庫)などの作品があります。

学研M文庫がなくなってから新作の刊行がありませんでした。
江戸の市井を舞台に、空前の旅ブームに沸く天保期のお江戸見物の案内人や江戸時代に一時期だけ存在した中町奉行所などを題材に取り入れながら、人情味豊かな主人公が事件を解決したり、悪を懲らしめたりする、良質な文庫書き下ろし時代小説の書き手として動向が気になっていた作家の一人です。

「新九郎、余の名代になってくれ」――八代将軍吉宗に突如呼び出され、こう告げられたのは、日本橋は浮世小路の風来坊であった。だがこの新九郎、実は旗本寄合席で、北町奉行稲生正武の次男坊という身。家を飛び出し、御用人加納久通の屋敷へ出入りする内、将軍家と昵懇になっていた。吉宗は、人を見る目が長けていると評する新九郎に、「巡見使として諸国を巡り、改革の成果を見て来てくれ」と、懇願したのである。
一命を懸けて上様の力となる、決意した新九郎は江戸を出立。お庭番の川村源右衛門、その娘・篝、三浦左平次の三人の供と中山道の旅人となる。腰に差すは、吉宗から拝領した名刀・小龍景光……。


本書の主人公新九郎の父は、北町奉行稲生正武(いのうまさたけ)。正武は、江島生島事件と天一坊事件の追及に寄与した人物です。天一坊事件というと、同時代に南町奉行を務めた大岡越前守忠相の手柄とされていますが……。

巡見使には、大名を監察する諸国巡見使と、天領および旗本知行地を監察する御料巡見使があります。

「巡見使と申せば、これまでは将軍家代替わりの折に遣わされておられたかと。しかみ、諸国には前以てご通達遊ばれていたのではございませぬか」
「いや、今じゃ。今でなければならぬ、事前の通達も一切せぬ」
 吉宗はきっぱりと言った。
「つまり、隠密の巡見使じゃ」
(『無双の拝領剣 巡見使新九郎』P.31より)


新九郎は、吉宗より、新たに「葵新九郎」の名と「諸国何処なりとも通行勝手」の将軍お墨付きの書付を下されて、中山道の山間部の国々の人々の暮らしぶりを巡見することを命じられます。

その後、新九郎は、第一話では追分宿で中山道に別れを告げ、北国街道に入り、小諸城下に入ります。そこで、病に罹った旅の母子の面倒を看る下級藩士の家族が登場します。
藩士は、見張り番をしていた城の宝蔵のが破られて、桂昌院様から下賜された宝刀を盗まれるという失態を犯して、家禄を三分の一に削られて普請役に回されていました。

新九郎は、人情に厚い藩士の汚名返上と家族を助けるために、宝刀の盗難事件の謎を追います。

新九郎ら一行は、第一話の小諸の後、第二話では上田、第三話では松代と、信濃路の城下町を行きます。
旅情が楽しめて、痛快で読み味の良い正統派の文庫書き下ろし時代小説の誕生です。


■Amazon.co.jp
『無双の拝領剣 巡見使新九郎』(山田剛・コスミック・時代文庫)
『大江戸旅の用心棒 雪見の刺客』(山田剛・学研M文庫・Kindle版)
『中町奉行所内与力 かみそり右近』(山田剛・学研M文庫・Kindle版)
『御花畑役秘帖 返り咲き三左』(山田剛・学研M文庫・Kindle版)


幼馴染みとの恋、初めての大きな仕事。ひたむきに生きる女職人

雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖知野みさき(ちのみさき)さんの『雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖』が光文社文庫より刊行されました。

着物の上絵描きを職業とする職人・上絵師(うわえし)として独り立ちを目指す若い女性・律(りつ)を主人公に、仕事と恋と事件を描く人気シリーズの第3作です。

上絵師として、初めて着物を手がけることになった律。粋人として名を馳せる雪永が親しい女に贈るものだ。張り切って下描きを仕上げる律だが、なかなか良い返事がもらえない。
そんな中、ある女から金を騙し取ったという男の似面絵を引き受けるのだが……。


江戸の女性たちというと、嫁に行き、子供を産み育てるということがすべて、というような社会の価値観に基づいて、ステレオタイプに描かれることが多いです。

ところが、本書のヒロイン・律は自分の腕で生計(ときには似面絵描きの副業をしながら)を立ています。上絵師という職業に、情熱とプライドを持ちながらも、幼馴染みの涼太との恋も実らせたいと願っています。

若い女性の抱える、仕事と恋の二大テーマをしっかりと描いていることが、このシリーズの大きな魅力の一つです。現代の女性に通じるようなヒロインの律に、共感を抱きながら読み進めることができます。

そして、得意の似面絵描きの副業を通じて、さまざまな事件に関わっていきます。ときには捕物の手伝いもするということで、手に汗握るようなシーンも物語に散りばめらえれています。

 唇が触れて……離れた。
 一尺と間のない涼太と目が合って、律は慌ててうつむいた。
「じゃ……また明日」
「はい」
(『雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖』P.7より)


衝撃的なファーストシーンから始まる、律と涼太の恋の行方とともに、二人を取り巻く周囲の人々も物語性豊かに精緻に描かれています。

今回、粋人・雪永が着物を贈る相手として、椿屋敷に住むお千恵という女性が登場します。
痛ましい過去があり、不思議でとらえどころのない存在感を持つ謎の女性・お千恵。初めての大きな仕事に取り組んでいく律は、いかに彼女を理解して、ピッタリの着物を仕上げていくのか、興味を掻き立てられて、一気に読ませます。


■Amazon.co.jp
『落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖』(第1作)
『舞う百日紅 上絵師 律の似面絵帖』(第2作)
『雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖』(第3作)