京・伏見にて、龍馬の定宿・寺田屋を訪ねる

新装版 竜馬がゆく (3)先日、京都を旅行した際に、伏見を訪れました。
伏見といえば、SNS映えしパワースポットでもあることから、伏見稲荷大社が観光スポットとして大人気ですが、今回は、あえて伏見稲荷大社を外して、時代小説ゆかりの歴史スポットを巡ってきました。
その一つが寺田屋です。

司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』では、「寺田屋騒動」の章で、寺田屋を以下のように紹介しています。

 京街道。
 竹田街道。
 京から伏見へのこの二すじの街道を、奈良原喜八郎ら九人の薩摩藩士が「討手」として、ふた手にわかれて、走っていた。
 かれらが、寺田屋についたのは、午後十時すぎであった。
 軒行燈の灯はまだ消されず、
 ――旅籠寺田屋  とほのかに、文字を闇に浮きだしている。
 寺田屋は、二階だてである。
 京風に、壁に紅殻などがぬられているが、二階は手すりがあるだけで、京の旅館によくある格子は用いられていない。現今もなお、ほぼ旧観をとどめて営業をつづけているから、興味のある読者は一泊されるがよかろう。
(『新装版 竜馬がゆく (3)』より)



京都市伏見区南浜町263


物語では、寺田屋騒動の翌日、竜馬が寺田屋を訪ねています。

なお、「京都観光Navi」によると、「寺田屋は、鳥羽伏見の戦(1868年)に罹災し、焼失した。現在の建物はその後再建されたものである」そうです。

伏見の名が歴史上注目されるのは、戦国時代の終り。文禄元年(1592)に豊臣秀吉がこの地に伏見城を築きました。

秀吉の没後、関ヶ原の戦いの前に、伏見城は石田三成によって落城します。
伏見城落城を描いた時代小説には、安部龍太郎さんの『佐和山炎上』(『忠直卿御座船』を改題した短編集)に収録された「伏見城恋歌」があります。

戦いの後、修築された伏見城で、徳川家康は征夷大将軍となっています。
三代将軍家光まで、約二十年間、伏見は徳川家の城下町として栄えます。

なぜ、秀吉や家康は伏見城を政治の中心に据えたのでしょうか?

御香宮神社宮司の三木善則さんは、ガイドブック『歴史でめぐる 伏見の旅』のはじめに以下のような文を寄せられています。

 伏見を知るうえで欠かせないのは、この町が、かつて「港湾都市」だったという視点ではないだろうか。現代の私たちからすれば港といえば海辺にあるものと思いがちだが、移動と運輸の主が船だった時代には、水運の要衝は政治・経済・軍事の面から重視された。伏見は内陸の地にあって、太古より巨椋池が広がっており、宇治川・桂川・木津川はこの池と称する大きな湖に流れ注いでいたたため、大陸の文化や技術もこの天然の水路を使って伝えられ、やがては平安京と日本各地、また異国を淀川水運で結ぶ「都との玄関口」としての役割を担うようになった。
(『歴史でめぐる 伏見の旅』より)


三栖閘門から宇治川を望む移動と運輸が船に頼っていた時代、水運の要衝は政治、経済、軍事の面から重視されていました。

南浜町の月桂冠大倉記念館裏乗船場で、宇治川派流や濠川を回る十石舟に乗り、淀川水運の歩みを知ることができる、「三栖閘門(みすこうもん)」資料館を見学しました。
(その後、月桂冠大倉記念館と黄桜記念館で利き酒もして、伏見を満喫しました)

■Amazon.co.jp
『新装版 竜馬がゆく (3)』(司馬遼太郎・文春文庫)
『佐和山炎上』(安部龍太郎・角川文庫)
『歴史でめぐる 伏見の旅』(「THE 伏見」編集部編・淡交社)

京都観光Navi|寺田屋

明治維新の原動力となった、幕末遣外使節団のドキュメント

世界を見た幕臣たち榎本秋さんの歴史読み物、『世界を見た幕臣たち』が洋泉社歴史新書より刊行されました。

坂本龍馬や新選組は出てこないけれど、彼らのことを知らなければ幕末日本を理解したことにはならない――。
ペリー来航以降、欧米列強との関係が最大の懸案となる中で、七度にわたって海を渡った幕府の遣外使節団。その体験と持ち帰った知識は、その後の日本に大きな影響を与えていた!
未知の文化や列強との難交渉に悩まされた人間ドラマからたどる幕末秘史。


2018年は明治維新百五十周年の節目の年。
幕末の動乱から戊辰戦争、そして明治維新に至る激動の時代が、来年にかけて大きな注目を集め、ブームになることが予想されます。

坂本龍馬や西郷隆盛、大久保利通、高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)といった維新の志士たちの活躍ばかりが取り上げられることが多く、遣外使節団についても、明治四年(1871)の岩倉遣欧使節団が近代日本外交の始まりとされています。

ところが、岩倉使節団に先立つ十数年前から、七度にわたって幕府により使節団が派遣されたことはあまり知られていません。

勝海舟や福沢諭吉らが咸臨丸でアメリカへ渡った万延元年(1860)の遣米使節団派遣は、植松三十里さんの『咸臨丸、サンフランシスコにて』など、時代小説でも取り上げられることがあるので知っていましたが、ほかの使節団については、ほとんど知りませんでした。

目次●
はじめに――西洋諸国を見た「大君の使節」たち
序章 世界を見た三人の漂流者――遣外使節団前史
1章 1860年 万延遣米使節団
コラム 知られざる海外渡航 四度の上海派遣使節団
2章 1862年 文久遣欧使節団
コラム 知られざる海外渡航 幕府派遣の留学生たち
3章 1864年 文久遣仏使節団
コラム 知られざる海外渡航 海防と工業化を担った遣英仏使節団
4章 1866年 慶応遣露使節団
コラム 知られざる海外渡航 目的を達成した二度目の遣米使節団
5章 1867年 慶応遣欧使節団
終章 岩倉使節団に結実した幕府外交の志
幕府による幕末遣外使節団の使節・随員主要者一覧


本書のカバーに、武士の一団がスフィンクス前で並んでいる不思議な写真が使われています。これは、文久三年に派遣された遣仏使節団が、フランスへの途次に撮影されたものです。

多くの困難を乗り越え、実現不可能な難交渉に立ち向かう幕臣たちの行動に、興味をそそられます。

本書では、幕末遣外使節たちの物語をドラマチックに綴りながら、彼らの果たした役割と明治維新の展開に与えて影響を解き明かしていきます。


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『世界を見た幕臣たち』(榎本秋著・洋泉社歴史新書)

『咸臨丸、サンフランシスコにて』(植松三十里著・角川文庫)