外国との技術戦争に挑んだ、佐賀藩主鍋島直正を描く


かちがらす 幕末を読みきった男植松三十里さんの長編歴史小説、『かちがらす 幕末を読みきった男』(小学館刊)を紹介します。

歴史的に評価の低い人物を取り上げて、その生涯を鮮やかに描き出す作品が多い著者が今回取り上げたのが、幕末に肥前佐賀藩を率いた佐賀藩主・鍋島直正(隠居後は閑叟と号す)です。

直正は、幕末維新をリードした薩長土肥の藩主ながら、政治の表舞台での雄藩による覇権争いに背を向けていたせいか、幕末時代小説や大河ドラマで大きく扱われることは少なかったように思います。

幕末の佐賀藩を舞台にした作品では、同じ著者による『黒鉄の志士たち』や、高橋克彦さんの『火城―幕末廻天の鬼才・佐野常民』があります。

2018年は、明治維新百五十年を迎える記念の年であり、さまざまな視点から明治維新がとらえ直されようとしています。肥前は、薩長や土佐とは違う形で明治維新に貢献し、多くの人材を輩出しました。その秘密を解く鍵は、鍋島直正(鍋島閑叟公)にあります。

 文政十三年、十七歳の若さで佐賀藩主となった鍋島直正。早速財政難に苦しむ藩の改革に取り組もうとするが、先代藩主で父の斉直や重臣たちの反対に遭う。
 直正は、佐賀藩が警備を任されていた長崎に出かけて、そこで大砲を搭載した巨大なオランダ船を見学し、蒸気船など西洋技術の先進性を知る。長崎に外国船の侵入が増え、中国がアヘン戦争でイギリスに敗れたことに危機感を覚える。
 藩主として国入りして五年。天保六年、佐賀城の二ノ丸が焼失する不運が襲う。
 苦労続きでどん底まで落ちた今こそ好機ととらえて、藩政改革に取り組むことに。


幕末の佐賀藩は、参勤交代の費用にも事欠き、借財は十三万両にも達していたという。そんな中での城の焼失です。

 だが、その時、石垣の下から大声がした。
「殿さまのなさりたかったことは、今、初めて遂げられる段になったッ。国のために喜ぶべきことだッ」
 声の方向を見ると、人垣の一角がざわめていた。誰が言ったのかわからない。
 次の瞬間、直正の目の前を、かちがらすが一羽、優美な羽を広げて、焼け落ちた二ノ丸の方に飛んでいった。
 
(『かちがらす 幕末を読みきった男』P.45より)


タイトルになっている、かちがらすは、カササギのこと。鳩ほどの大きさでおおむね漆黒だが、翼や尾がつややかな藍緑に輝き、腹が真っ白。羽ばたくと広げた翼の羽根が白く透き通り、一本ずつに黒い縁取りが見られて、白と黒の対比が鮮やかです。カチカチと鳴くことから、かちがらすと呼ばれ、勝つという言葉から武家には縁起がいいとされています。

直正は、将軍家斉の娘で正室のお盛の力を借りて幕府から二万両を借用して、佐賀城を再建します。

軍事力で負けないように、直正は最新の大砲や銃、西洋流の船の建造を藩で行うための人材を登用していきます。
耐火煉瓦を作っての反射炉の建設、鉄の鋳造、大砲の製造と、いくつもの難関を乗り越えていきます。

「死にたい気持ちは、わからないではない。今のそなたたちにとっては、続けるよりも、死ぬ方が楽かもしれぬ。死ねといってやりたい。だが言えぬ」
 いつの間にか立ち上がっていた。
「鉄の大型砲ができぬ限り、異国の艦隊に軽んじられ、ふりを覚悟で戦わねばならぬ。その時には、私も、そなたたちも命はなかろう。ならば死ぬのは、その時でよい」

(中略)

「今、死ぬ覚悟なら、これからも毎朝毎夕、死ぬ覚悟で、役目に励んでもらいたい。それが武士道だ。今は死んではならぬ」
 なおも六人は頭をうなだれている。直正は上座を歩き始めた。
「私は、こんなところに座っておらず、できることなら、そなたたちと一緒に鉄を運び、炉に炭を投げ入れたい。そなたたちと一緒に悩み苦しみ、そして、いつか喜びを分かち合いたい。鉄が溶けて流れる瞬間を、ともに見たい」
 心の底からの叫びを、そのまま口にした。
 
(『かちがらす 幕末を読みきった男』P.150より)


鉄の鋳造に取り組む藩士たちが失敗の連続の末に切腹してお詫びしたいという申し出に対して、直正が「葉隠」の言葉を引用しながら、役目に励むように諭し鼓舞するシーンが感動的です。

時代は幕末維新の激動に向かう中で、鍋島佐賀藩は、三重津に藩独自の海軍学校を設立したり、アームストロング砲などの銃砲を配備したり、外国の侵略に対する海防に力を注ぎます。

直正は、「日本の海を守るためなら、私の命はもちろん、家中すべての命をかけてもいいと思っている。それだけの意味があると信じている」と言い、その後に、
「だが命をかけさえすれば、日本の海を守れるというわけではない。わが家中が全滅すれば、日本という国も消え失せるだろう。とにかく技術を磨き、力いっぱい日本の海を守るしかない」と続けています。

「佐賀だけが無傷で生き残るつもりだな」
「いいえ、無傷ではいられません。動かなければ、どちらからも恨みを買いましょう。佐賀の日和見と後ろ指をさされ、この歴史の大転換期に、未来永劫、佐賀藩は汚名を着ることになります。歴史に汚名を刻まれるのです。武家として、これほどの不名誉はございません」
 
(『かちがらす 幕末を読みきった男』P.281より)


慶応三年七月、直正は将軍慶喜と謁見します。幕府全権として長州との和議の使者に立てと命令されますが、即座に断ります。
そして、佐賀藩の軍艦を出兵するように命じられますが、佐賀の軍備は外国に対抗するもので、同朋(日本人)に向ける銃砲はないと断り、上記のやり取りをします。

江川坦庵、島津斉彬、井伊直弼、勝海舟、田中久重(からくり儀右衛門)など、幕末の著名人物たちと交流し、日本を欧米列強の属国にしないという強い意志のもとで、技術立国という近代日本を進むべき道を示した鍋島直正の生涯を正攻法で描いた長編小説。

本書を読んで、佐賀藩の幕末における動向が、これまで歴史の表舞台で取り上げられなかったこと、にもかかわらず、維新後に佐賀出身者が政府の中で重要な役割を演じるようになったことの一因が少しわかりました。

討幕にも佐幕にも与しない、高い技術力と防衛力を以て中立を成し遂げた佐賀藩の対応には共感を覚えました。


◎書誌データ
『かちがらす 幕末を読みきった男』
出版:小学館
著者:植松三十里
本書は、2017年6月1日~2018年1月5日まで佐賀新聞に連載された「かちがらす」を加筆改稿したもの。

装丁:bookwall
装画:村田涼平

初版第一刷発行:2018年2月27日
1750円+税
318ページ

●目次
一章 佐賀城
二章 新しき技
三章 鉄を溶かす
四章 盟友たち
五章 攘夷決行
六章 瓦解の時
あとがき


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『かちがらす 幕末を読みきった男』(植松三十里・小学館)

『黒鉄の志士たち』(植松三十里・文藝春秋)
『火城―幕末廻天の鬼才・佐野常民』(高橋克彦・文春文庫)


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