寄席を運営する若夫婦の笑いあり涙ありの、落語時代小説

寄席品川清州亭遠山景布子(とおやまきょうこ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『寄席品川清州亭』が集英社文庫から刊行されました。

時は幕末、ペリー来航の直後の品川宿。落語好きが高じて寄席の開業を思い立った大工の棟梁・秀八。腕はいいが、けんかっ早い。駆け落ちして一緒になったおえいは団子屋を切り盛りするいい女房だ。芸人の確保に苦労するがも、寄席の建物は順調に出来上がってきた。そんな中、突然お城の公方さまが……。


物語は、浦賀にペリーが来航したばかり、お台場建造景気に沸く、品川宿を舞台にしています。待望の寄席のこけら落としのその日に事件が起こります。

「おおい、棟梁、たいへんだ」
「おや、幸兵衛さん」
――なんだよ、手ぶらか。大家のくせに。
「棟梁。だめだよ、寄席は。ほれ、そこの大神楽、やめるんだ。三味線も」
「何言ってんですか。今日こけら落としなんですから」
「だから、だめなんだよ」
「なにがだめなんです。全部そろってるってのに」
「そろってようが、抜けてようが、とにかくだめだ。御停止だよ。ご、ちょ、う、じ」
「ごちょうじ?」
「公方さま、お江戸のお城の将軍さまがお亡くなりになったんだ。お達しが来たよ。高札も立ってる。今日から五十日の間は、歌舞音曲はご禁制。芝居も寄席も開いちゃいけないんだよ」
 ――え……。
(『寄席品川清州亭』「第一話 寄席はいつ開く?」P.91より)


落語の一語りのような描写ですが、将軍家慶の死により、寄席のこけら落としは延期となり、棟梁の秀八は苦境に陥ります。災い転じて福となせるか、物語の先行きが気になります。

「ところで、この寄席の屋号は、どんなご由緒がおありですか」
「ごゆいしょ? ってぇますと」
――どうもお武家さんの言葉は難しくっていけねえ。

(中略)

「秀吉が一夜城を造った場所は、清洲ってんでしょう。そこから取りやした」
(『寄席品川清州亭』「第一話 寄席はいつ開く?」P.109より)


寺子屋の先生から、秀八は寄席の屋号の命名理由を聞かれて、講釈の「太閤記」から取ったと答えています。
秀吉が一晩で城を築いたというくだりが、大工の自分にとって妙にうきうきするということから、「清洲」と名付けました。

先生は、「秀吉が一夜城を築いたのは、墨俣というところ」と秀八の勘違いを正します。そして、「清洲はもともと織田信長の本拠地でもあり、現在の尾張徳川家の礎となったところえもある。由緒ただしいところ」と慰めています。

やり取りが落語っぽくて人情味を感じられて好きなシーンの一つです。

さて、落語の主人公のような大工の秀八としっかり者の女房おえいを中心に、物語は展開します。品川の遊女と心中未遂を起こした、噺家の名跡の息子で二つ目の、九尾亭木霊をはじめとした、曲者ぞろいの芸人たちが興趣を盛り上げていきます。

落語は全くの門外漢な私ですが十分に堪能できました。江戸落語の世界に興味が持てました。

著者の奥山景布子さんは、1966年愛知県生まれで、2007年に「平家蟹異聞」(『源平六花撰』に収録)で第87回オール讀物新人賞を受賞し、『時平の桜、菅公の梅』『太閤の能楽師』などの著作がある、新進時代小説家です。

落語をテーマにした時代小説では、三笑亭可楽ら幕末から維新にかけての落語家を描いた、杉本章子さんの『爆弾可楽』が思い出されます。

また、野口卓さんの『ご隠居さん』では、人生で大切なことは寄席で学んだという主人公が登場します。

とはいえ、落語の世界が楽しめる時代小説は少ないので、本書がシリーズ化されることを願っています。

■Amazon.co.jp
『寄席品川清州亭』(奥山景布子・集英社文庫)
『源平六花撰』Kindle版(奥山景布子・集英社文庫)
『時平の桜、菅公の梅』(奥山景布子・中公文庫)
『太閤の能楽師』(奥山景布子・中央公論新社)

『爆弾可楽』(杉本章子・文春文庫)
『ご隠居さん』(野口卓・集英社文庫)