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農民から旗本へ、おとぎ話のような出世譚、完結。

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出世侍(五) 雨垂れ石を穿つ幻冬舎時代小説文庫から刊行された、千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『出世侍(五) 雨垂れ石を穿つ』を紹介します。

農民の身分から脱し、侍になるという大きな夢をもって、上州の水呑百姓から旗本家へ婿入りを果たした、川端藤吉の破天荒な出世ぶりを描くシリーズ第五巻です。

将軍御目見の旗本・香坂家へ婿入りし、新御番衆として、江戸城へ出仕する身分となった藤吉。ある日、徳川家斉の増上寺参拝に同行したその帰路で、将軍の駕籠を襲う狂馬が現れた。藤吉はその場を収める活躍をみせるのだが……。狂馬に将軍の駕籠を襲わせたのは何者か?

本書の最大の魅力は、スピード感ある展開で、藤吉が立身出世を重ねて行くことです。

上州新田郡長船村の水呑百姓の家に生まれ、村名主の家で下男奉公をしていた。田畑に出るだけでなく、農耕馬の世話や雑用もこなしていました。

長船村を知行地とする、家禄八百石の旗本で御鉄砲箪笥奉行を務める永穂忠左衛門に、水害から田を守る功績を認められて、永穂家の中間として江戸へ出ることを許されます。

江戸では武家奉公に励む一方で、馬の扱いと弓術を磨くことで、中小姓に取り立てられます。やがて家禄二千二百石の旗本で先手弓頭を務める小出長門守の家臣となる奉公替えをします。

そして、家禄二百五十俵の新御番組番士を務める旗本香坂家の婿養子となります。長船村を出てからおよそ一年半の間のことです。

本巻で、香坂(川端)藤吉は、家禄に百五十俵の新御番組番士として江戸城へ出仕します。舅の平内は隠居して、遂に旗本となり、将軍徳川家斉への御目見えも果たします。

新御番組は、大番、書院番、小姓組、小十人組とともに幕府五番方の一つで、近習番とも称して、将軍直属の親衛隊です。
将軍が外出時の先駆けが任務で、江戸市中の巡回を行います。

新御番組の番士としてのお務めを始めた藤吉に危機(というか、本書のファンにはお馴染みの出世のスプリングボードとなるチャンス)が訪れます。
家斉の増上寺参拝の帰路、暴れ狂う馬が将軍の駕籠を襲います。
藤吉はいかなるの活躍を見せるのか?

または、高崎の奉公先から江戸へ出たまま行方知れずだった、藤吉の妹うらの消息が判明します。ところが、浅草福井町の太物屋にいたうらにもある厄介な事情がありました。

藤吉の出世とともに気になるのが、秘かに恋い慕う旗本小笠原家の姫・千寿との関係。危難を救い、出世を重ねるごとにその距離が縮まっていきます。

厳しい身分制が敷かれていた江戸時代に、農民から旗本への出世というと荒唐無稽と思われるでしょう。

たとえば、勝海舟の曾祖父にあたる米山検校は、越後の貧農に生まれた視覚障害者でしたが、鍼にて財をなして出世し、子の平蔵に旗本男谷家の株を買って継がせています。平蔵の庶子(三男)が勝小吉で、海舟の父となります。あり得ない話ではありません。

また、幕末に長崎に来航したロシア使節プチャーチンの応接をした、幕臣川路聖謨(かわじとしあきら)は、豊後日田代官所の役人の息子に生まれ、御家人出身ながら出世を重ねて、勘定吟味役、佐渡奉行、小普請奉行、大阪町奉行、勘定奉行、外国奉行などの要職を歴任しています。

著者は、武家の生活ぶりや人間関係をリアルに丹念に描いていくことで、おとぎ話のようなこの立身出世譚にリアリティーを与えています。

本書はシリーズ最終巻となります。
心地良い読了感をもって本(Kindle)を置きましたが、その一方で新シリーズとして、旗本・藤吉の出世ぶりを読んでみたいという思いも募りました。

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『出世侍(一)』(千野隆司・幻冬舎時代小説文庫)
『出世侍(五) 雨垂れ石を穿つ』(千野隆司・幻冬舎時代小説文庫)