2017年の時代小説ベスト10・単行本部門を発表

「時代小説SHOW」の2017年時代小説ベスト10の【単行本部門】を発表しました。

守教 上【単行本部門】のベスト10の第1位は、帚木蓬生さんの『守教 上・下』です。

戦国期から幕末の開国まで、イエズス教(キリスト教)の教えを守り抜いた、九州・筑後の小さな村の隠れキリシタン秘史。

宣教、禁教、殉教…、布教の目覚ましい拡大を史実を織り交ぜて描く上巻。一転して下巻ではキリシタン暗黒時代を描きます。密告の恐怖、公開処刑の残虐さ、信仰への迷い、教えを棄てたと偽りながらも信念を曲げない隠れキリシタンたちの姿に、途中で涙が止まらなくなりました。

史実に寄り添いながらも、信仰に命を捧げる人たちを血が通った等身大の人として、しっかりと描いています。私はその教えについて全くの門外漢でしたが、本書を通じて多くのことを知り、深い感銘を覚えました。

7位から10位は、以下の通りです。

7位 『鳳凰の船』 浮穴みみ 双葉社
8位 『遠縁の女』 青山文平 文藝春秋
9位 『煌』 志川節子 徳間書店
10位 『裏関ヶ原』 吉川永青 講談社

です。

2位~6位が気になる方は→こちらをどうぞ。

維新の先駆け、中山忠光と天誅組の四十日間の光跡を描く

志士の峠植松三十里(うえまつみどり)さんの歴史時代小説、『志士の峠』(中公文庫)を紹介します。

文久三年(一八六三)、帝の行幸の先ぶれを命じられた公家・中山忠光は、勤王志士らと大和で挙兵した。五条の代官所を襲撃し新政府樹立を宣言するが、親幕派の公家や薩摩藩などにより一転、朝敵とされ討伐軍を差し向けられる。満身創痍で深き山々を駆ける志士たちの運命は!?


勤王を掲げて挙兵し、明治維新の先駆けとなった幕末の「天誅組」の激闘を描いた歴史長編です。

天誅組の総大将となるのは、尊王攘夷派の公家・中山忠能(なかやまただやす)の七男・忠光(ただみつ)。
忠光の姉の慶子は、禁裏の典侍を務め、帝(孝明天皇)の寵愛も深く、後に明治天皇となる祐宮(さちのみや)を産んでいます。

つまり、明治天皇と忠光は、甥と叔父の関係になります。

 池は風呂敷包みを、自分の背中に斜めがけにした。
「だいいち御前が、こんなのを斜めに担いでたら、まっこと鬼ヶ島に征伐に行く桃太郎のようじゃ」
 吉村が吹き出した。
「そう言うたら、絵双紙に出てくる桃太郎じゃ。さしずめ、わしは犬で、池が猿やな。いや、池は雉か」
 忠光は不満顔で聞いた。
「どこが桃太郎や」
 池が声を大にして、得意げに言う。
「これから鬼退治やのうて、五条の悪代官退治ぜよ」
(『志士の峠』P.19より)


忠光は、土佐脱藩浪士の吉村寅太郎と池内蔵太(いけくらた)らと鬼ヶ島退治感覚で、帝の大和行幸の御先鋒隊の先駆けとして挙兵します。

希望に満ちた若者らしい激烈な行動で、五条代官所を襲撃し、翌日には五条新政府を打ち立てます。
その忠光のもとに都から使者がやってきます。政変が起こり、大和行幸が無期延期となり、資金を提供していた長州藩も都を追われるという。

御先鋒隊の先駆けから一変して朝敵に。忠光らは天誅組に名乗りを変えて、勤王の志の強い地域を目指します。

 忠光は立ち上がると、また隊士たちに語りかけた。
「きっと私は逃げ切って、天誅組の正義を世に知らしめる。私だけやのうて、ひとりでも多く、命を存えてくれ。生き残った者たちで、次こそ挙兵を成功させて、新しい世の中を作ろう。せやから、もう少しの間だけ、誇り高き天誅組の大将を、私に務めさしてくれ」
(『志士の峠』P.262より)


大和の山間部を貫く西熊野街道から東熊野街道を逃走し、天辻峠、伯母峰峠、竹内峠など峠を越えていく志士たち。

歴史の持つ非情さに翻弄されながらも、理想を貫こうと気高く生きる忠光ら天誅組の若者たちの姿に胸が熱くなります。


◎書誌データ
『志士の峠』
著者:植松三十里
中央公論新社・中公文庫
初版発行:2017年12月25日
(単行本『志士の峠』2015年4月 中央公論新社刊)

カバーイラスト:ヤマモトマサアキ
カバーデザイン:中央公論新社デザイン室
解説:細谷正充

●目次
第一章 鐘、鳴り響く
第二章 五条新政府
第三章 天ノ川辻にて
第四章 十津川郷士参上
第五章 高取城夜襲
第六章 白銀岳本陣
第七章 木枯らし吹く
第八章 伯母峰峠越え
第九章 最終決戦の地
第十章 逃走の果てに
解説 細谷正充


■Amazon.co.jp
『志士の峠』(植松三十里・中公文庫)



「2018年1月の新刊 下」をアップ

維新と戦った男 大鳥圭介2018年1月21日から1月31日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2018年1月の新刊 下」を掲載しました。

今回注目しているのが、新潮文庫。

伊東潤さんの『維新と戦った男 大鳥圭介』が刊行されます。
単行本刊行時『死んでたまるか』を改題したものです。

われ、薩長の明治に恭順せず──。幕府歩兵奉行・大鳥圭介は異色の幕臣だった。全身にみなぎる反骨の気概、若き日に適塾で身に着けた合理的知性、そしてフランス式軍学の圧倒的知識。大政奉還後、右往左往する朋輩を横目に、江戸から五稜郭まで戦っていく。勝海舟や土方歳三に信頼された大鳥は、なぜ戦い続け、何を信じていたのか。


大鳥圭介は、戊辰戦争を描いた小説では脇役扱いにされることが多く、過小評価されてきました。本当にそうなのか、彼を主人公とした幕末・維新小説でその足跡を追ってみたくなります。

幕府の軍事顧問を務め、戊辰戦争に身を投じたフランス人ジュール・ブリュネを描く、佐藤賢一さんの『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』と合わせて読みたい作品です。

■Amazon.co.jp
『維新と戦った男 大鳥圭介』(伊東潤・新潮文庫)
『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』(佐藤賢一・文春文庫)

→2018年1月の新刊 下




文庫解説でおなじみ、文芸評論家の井家上隆幸さん、死去

傭兵ピエール(下)文芸評論家の井家上隆幸(いけがみたかゆき)さんが、1月15日、肺炎で死去されました。84歳でした。

井家上さんは、三一書房などの編集者を経てフリーライターとなり、文芸評論家として活躍されていました。

とくに冒険小説評論の最前線にいて、1983年の日本冒険作家クラブの発足にも参画されています。早川書房から刊行された『20世紀冒険小説読本』の(日本篇)と(海外篇)は、冒険小説ファンのバイブルで、胸をときめかせながら読んだのを思い出しました。

近年は時代小説の書評や、『蝦夷地別件』(船戸与一・新潮文庫)、『彷徨える帝』(安部龍太郎・新潮文庫)、『忠臣蔵心中』(火坂雅志・講談社文庫)、『ジャガーになった男』(佐藤賢一・集英社文庫)、『傭兵ピエール』(佐藤賢一・集英社文庫)などの文庫解説を執筆されていました。

ときにはジャーナリスティックに、ときにはセンチメンタルな、切れ味鋭い文章に惹かれていました。
十年くらい前にお会いする機会があり、当時の時代小説界のお話を伺ったことが懐かしく思い出されます。
謹んでご冥福をお祈りします。

■Amazon.co.jp
『20世紀冒険小説読本 日本篇』(早川書房)
『20世紀冒険小説読本 海外篇』(早川書房)
『ジャガーになった男』(佐藤賢一・集英社文庫)
『傭兵ピエール(下)』(佐藤賢一・集英社文庫)

→文芸評論家の井家上隆幸さん死去、84歳|朝日新聞DIGITAL


寄席を運営する若夫婦の笑いあり涙ありの、落語時代小説

寄席品川清州亭遠山景布子(とおやまきょうこ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『寄席品川清州亭』が集英社文庫から刊行されました。

時は幕末、ペリー来航の直後の品川宿。落語好きが高じて寄席の開業を思い立った大工の棟梁・秀八。腕はいいが、けんかっ早い。駆け落ちして一緒になったおえいは団子屋を切り盛りするいい女房だ。芸人の確保に苦労するがも、寄席の建物は順調に出来上がってきた。そんな中、突然お城の公方さまが……。


物語は、浦賀にペリーが来航したばかり、お台場建造景気に沸く、品川宿を舞台にしています。待望の寄席のこけら落としのその日に事件が起こります。

「おおい、棟梁、たいへんだ」
「おや、幸兵衛さん」
――なんだよ、手ぶらか。大家のくせに。
「棟梁。だめだよ、寄席は。ほれ、そこの大神楽、やめるんだ。三味線も」
「何言ってんですか。今日こけら落としなんですから」
「だから、だめなんだよ」
「なにがだめなんです。全部そろってるってのに」
「そろってようが、抜けてようが、とにかくだめだ。御停止だよ。ご、ちょ、う、じ」
「ごちょうじ?」
「公方さま、お江戸のお城の将軍さまがお亡くなりになったんだ。お達しが来たよ。高札も立ってる。今日から五十日の間は、歌舞音曲はご禁制。芝居も寄席も開いちゃいけないんだよ」
 ――え……。
(『寄席品川清州亭』「第一話 寄席はいつ開く?」P.91より)


落語の一語りのような描写ですが、将軍家慶の死により、寄席のこけら落としは延期となり、棟梁の秀八は苦境に陥ります。災い転じて福となせるか、物語の先行きが気になります。

「ところで、この寄席の屋号は、どんなご由緒がおありですか」
「ごゆいしょ? ってぇますと」
――どうもお武家さんの言葉は難しくっていけねえ。

(中略)

「秀吉が一夜城を造った場所は、清洲ってんでしょう。そこから取りやした」
(『寄席品川清州亭』「第一話 寄席はいつ開く?」P.109より)


寺子屋の先生から、秀八は寄席の屋号の命名理由を聞かれて、講釈の「太閤記」から取ったと答えています。
秀吉が一晩で城を築いたというくだりが、大工の自分にとって妙にうきうきするということから、「清洲」と名付けました。

先生は、「秀吉が一夜城を築いたのは、墨俣というところ」と秀八の勘違いを正します。そして、「清洲はもともと織田信長の本拠地でもあり、現在の尾張徳川家の礎となったところえもある。由緒ただしいところ」と慰めています。

やり取りが落語っぽくて人情味を感じられて好きなシーンの一つです。

さて、落語の主人公のような大工の秀八としっかり者の女房おえいを中心に、物語は展開します。品川の遊女と心中未遂を起こした、噺家の名跡の息子で二つ目の、九尾亭木霊をはじめとした、曲者ぞろいの芸人たちが興趣を盛り上げていきます。

落語は全くの門外漢な私ですが十分に堪能できました。江戸落語の世界に興味が持てました。

著者の奥山景布子さんは、1966年愛知県生まれで、2007年に「平家蟹異聞」(『源平六花撰』に収録)で第87回オール讀物新人賞を受賞し、『時平の桜、菅公の梅』『太閤の能楽師』などの著作がある、新進時代小説家です。

落語をテーマにした時代小説では、三笑亭可楽ら幕末から維新にかけての落語家を描いた、杉本章子さんの『爆弾可楽』が思い出されます。

また、野口卓さんの『ご隠居さん』では、人生で大切なことは寄席で学んだという主人公が登場します。

とはいえ、落語の世界が楽しめる時代小説は少ないので、本書がシリーズ化されることを願っています。

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『寄席品川清州亭』(奥山景布子・集英社文庫)
『源平六花撰』Kindle版(奥山景布子・集英社文庫)
『時平の桜、菅公の梅』(奥山景布子・中公文庫)
『太閤の能楽師』(奥山景布子・中央公論新社)

『爆弾可楽』(杉本章子・文春文庫)
『ご隠居さん』(野口卓・集英社文庫)