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醜く蔑まれる、初老の刺客。夜叉萬同心、決死の影始末

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夜叉萬同心 もどり途辻堂魁(つじどうかい)さんの、『夜叉萬同心 もどり途』は、シリーズ5作目ですが、出版元を光文社時代小説文庫に移してから、初の書き下ろし新作となります。

浅草・花川戸で貸元の貸元の谷次郎が殺され、その翌日、向島隅田村の隅田川の川縁で、唇に艶紅の塗られた若い女の死体が見つかった。
夜叉萬(やしゃまん)と綽名される北町奉行所の隠密廻り方同心・萬七蔵(よろずななぞう)は、内与力・久米信孝の命により、谷次郎殺しの下手人との差口のあった無頼の徒「あやめの権八」なる男の裏を探り始めるが……。

主人公の萬七蔵は、奉行の信頼が厚い凄腕の町方で、北御番所の夜叉萬と呼ばれ、裏街道の者なら知らぬ者がいないという存在です。
ところが、夜叉萬を見かけた悪で生きている者はおらず、その姿形を見た悪はいないといい、一方では、悪には厳しいが、袖の下はめっぽう緩いという噂もあります。

本シリーズの読みどころは、奉行所の表で裁けない悪を、闇で始末する夜叉萬同心の活躍ぶりです。手先の樫太郎と長唄の師匠・お甲、元岡っ引きの嘉助とともに、悪を追い詰めていきます。

今巻では、七蔵は、隅田川のほとりで起こった二件の殺しの下手人を追います。

貸元の谷次郎殺しの下手人と疑われているのは、「あやめの権八」とみなされている、蕎麦屋「あやめ」の主人常五郎。常五郎のもとには、五十を過ぎた醜い容貌の職人風の男・伊野吉が出入りしていて、七蔵の目に留まります。

 五十をいくつかすぎたころの、気むずかしそうな職人風体だった。
 扁平な顔に鼻が低く、黒い小さな穴のような目が離れていて、唇の暑さが妙に目だった。ほくろと疣が多く、鉛色の顔色が男の風貌をひどく陰鬱な、醜いものにしていた。
(『夜叉萬同心 もどり途』P.48より)

伊野吉が浅草東光院門前の長屋に住む指物師であることを突き止めますが、伊野吉には裏の顔がありました。殺しの請負人だったのです。

一方、隅田川の川縁で見つかった女は、隅田村の寮に暮らす下り塩仲買問屋・隅之江の隠居・お純に仕える下女・お豊であることが判明します。

物語は、伊野吉とお純を軸に展開し、それぞれの過去の闇が深く事件に関わっていきます。
隅田川のほとりで、それぞれの「途」が交差していきます。事件を通して、人の性(さが)があぶり出されていくのも、このシリーズの魅力の一つで、本作でも濃厚に描き出されています。

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『夜叉萬同心 もどり途』
『夜叉萬同心 冬かげろう』(1作目・光文社文庫版)